
from 2000.10.24
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2007年10月30日「日本のチャップリン―小説・曽我廼家五郎」刊行!

日本の喜劇王と呼ばれた男の芸道に懸けた波瀾の生涯!
明治・大正・昭和に至る大衆演劇の世界と、日本の喜劇を創始した男の破天荒な人生を活写する書き下ろし長編小説!
「日本のチャップリン」と言うと、自称他称で萩本欽一、渥美清、エノケン、……最近では志村けんの名前などもあがってくる。だが日本人の中でチャップリン本人に「日本のチャップリン」と呼ばれたのは曽我廼家五郎ただ一人だということをご存じだろうか?
曽我廼家五郎こそ、日本の喜劇を創始した人であり、戦前日本の喜劇界の頂点に君臨し続けた喜劇王だった。五郎は、堺に生まれ、少年時代から歌舞伎の世界に入り、鶴家団十郎の俄から発想を得て喜劇を創始した。
貧しくて、髪結いをしていた女房お安に食べさせてもらいながら、相棒の十郎と日本の喜劇王に駆け上がってゆく。芸道にかけるすさまじい役者魂はあのチャールズ・チャップリンにも通じるところがあるのだが、彼の人生にはチャップリンとの不思議な縁がある。大正3年外遊した五郎はロンドンを訪れるが、期待したような喜劇役者には会えずじまいだった。実はその少し前、すれ違うようにパントマイムの名手チャールズ・チャップリンはロンドンから渡米し、ハリウッドへ旅立っていたのである。この偶然のすれ違いの後、長い年月が経ったが、昭和7年、世界の喜劇王と呼ばれるようになったチャップリンは来日し五郎劇を訪れ、五郎を「ジャパニーズ・チャップリン!」と讃えた。そして東西の喜劇王は互いを讃え合い喜劇の頂点を目指そうと握手を交わした……。
★『日本のチャップリン』は発行部数の関係で大都市の書店か、ネット上の書店でしか手に入らないと思います。
2003年8月20日新刊「裸像 小説・若き日の高村光太郎」刊行!
ロダンに魅せられ、新たな彫刻世界を求めて欧米に留学、智恵子に出会うまでの高村光太郎の魂の彷徨と愛の遍歴を描く書き下ろし長編小説
高村光太郎といえば、智恵子との深い愛を詠んだ『智恵子抄』を生んだ詩人としてあまりにも高名です。しかし智恵子と出会うまでの光太郎の青春時代については、一般に「デカダンな放蕩無頼の時代」と簡単に片づけられることが多く、詳しいことを知る人は意外に少ないし、多くの資料は残っていても光太郎自身があまり語ろうとしなかったこともあり、わからない部分が多いと思います。どちらかといえば、智恵子と出会うまでの光太郎の波乱に富んだ青春時代の方が、私には興味深いのです。ことに詩人としてではなく、彫刻家として光太郎を捉えなおしてみると、これまで見えなかった多くのことが見えてくるように思います。(『裸像 小説若き日の高村光太郎』あとがき)★『裸像』の反響!
★『裸像』は平成16年度山形県立高校の入試問題に採用されました。
★発行部数の関係で、都市圏の大書店か、オンライン書店でしか手に入らないと思います。
2000年9月30日(月)新人物往来社から私の最初の作品集『孤愁の仮面』が刊行されました。以下に収録された作品について簡単に説明をしておきましょう。
「孤愁の仮面」は、第20回歴史文学賞を頂いた作品です。陸軍軍医総監でありながら作家であった森鴎外の内面の苦悩を描いてみました。「森林太郎トシテ死セントス」と遺言した鴎外は、生前は森林太郎一個人として生きられなかったのではないか、そういう疑問が主題になっています。立場のある人ほどその傾向は強いのでしょうが、多かれ少なかれ、人は本音を隠して処世の仮面を被らなければなりません。それは現代の勤め人にも大いに通じるところでしょう。
「闇を照らす人」は、平出修と石川啄木を中心に描きました。ともに文学によって名を成そうとしていた人ですが、大逆事件と出合うことで全然違った運命をたどることになります。修の遺した大逆事件の記録を読むと、事件の詳細な様相ばかりか、事件に取り組む彼の燃えるような正義感が伝わってきます。結局彼の訴えは当時は一顧だにされなかったのですが、それでも決して屈服しなかった姿は、鴎外とはまた違った印象的な生き方だと思います。
「子規誕生」は、正岡子規の話です。日本人には、子規といえば病床に臥して藤の花房を静かに眺めているといった暗い印象ばかりが強いのですが、彼のバイタリティというのは、人並みはずれたものだったのではないでしょうか。ここでは彼が俳人として立つ覚悟を決める少し前の、ベースボールに没頭していた奔放で迷いの多い青春時代を描いています。
「華厳の滝に消ゆ」は、夏目漱石が一高と帝大の教壇に立っていた頃の話です。不勉強な藤村操をきつく叱った漱石は、その直後、藤村の突然の自殺に驚き、自分には責任がなかったか教師として悩みます。そこでミステリーのように、漱石が、藤村の死の原因を調べることになります。明確な証拠があったわけではないですが、藤村の死は哲学的なものでなく失恋が原因だったという風聞が当時ありました。しかし問題は、藤村の自殺の原因を失恋だと推理し追究する漱石自身の心にあります。人の心こそ、最大のミステリーだといえましょう。(『孤愁の仮面』あとがき)
★書評など
★高校生にはお勧めの本だと思います。全国の高校図書館からのご依頼があれば、無料で著書(サイン入り)を進呈いたしますよ!ご連絡下さい。
ぐうたら日記 2009.7
7月2日(木)
今週は梅雨らしく雨の日が多い。昨日などは、帰りがけに激しい夕立にあってしまい、びしょぬれで帰宅した。空梅雨かと思いきや、最後になってまとまった雨が降る様子。
雨があがると、ムシムシしてとても暑い。しかしこのところ、近辺の小・中学校学校でブタ・インフルエンザが流行っているらしい。これだけ湿気が多く、気温が高いにもかかわらず。大阪ではインフルエンザは終息宣言がなされ、もはや普通のインフルエンザ扱いになっているようだが、依然として不気味な様相を呈している。
阪神にやってきたブラゼルの活躍で、今日は珍しく中日相手に逆転勝ちした。
7月5日(日)
近頃世の中不況で、何をやっても報われることのないような真っ暗なご時世だが、苗を植えてますと、世の中がどうあろうと、野菜というやつはちゃんと実がなるんですね〜。当たり前のことなのだろうが、報われることの少なくなった世の中ですんで、ちょっと感激です。
うちの小さな菜園にもキュウリやトマトがぼつぼつ実をつけるようになった。しばらく雨が降って見落としているところに、腕ぐらいの太さのキュウリが転がっていた。水を吸うと、ちょっとの間に化け物みたいな大きさになってしまうのだろう。こういう太さになると、食べても大根みたいなもので、キュウリの味はしない。
猫の額ほどの菜園に所狭しと葉っぱが茂りまくっているのはスイカの葉だが、スイカもいくつも実をつけてまして、8月頃が楽しみ。
7月9日(木)
そろそろ梅雨も終わりかけてまして、蝉が鳴き始めようとしてます。本格的な夏はここから。
しかし、おかしなもんですね、6月の末頃から、大阪の南部でブタ・インフルエンザが猛威をふるっている。30℃を超えるような気温と、梅雨時の湿気の多さを考えると、インフルエンザなんて流行るわけがないと思うのだが、さにあらず、あちらこちらで患者が増えているそうな。まあ普通のインフルエンザ・ウイルスではないんでしょうね。
とりあえずS高校では誰もそのような様子はなく、生徒さんは真面目に1学期末考査を受けてます。わたしらはせっせと採点業務。といっても、ブタ・インフルエンザの休校の影響で当初の予定より遅れての実施なんですけどね。ともかく、このまま無事に夏休みを迎えられますように。
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