ぐうたら日記2000.10/18〜11/30


10月18日(水)
私もホームページなるものを持ってみようと思います。でも、なかなか簡単にはいかないようですね。
ちょっとした文を書くだけでも、失敗ばかり。メカに弱い私には、ちょっと高度すぎる作業かな?
でも、やってみよっと。何でもチャレンジ精神が大切ですからね。
もともと私には、これといってひとに自慢できる取り柄なんて無いのです。
チャレンジ精神と、ねばり強さ。敢えて言えば、それくらいだな、私の取り柄。一気に頑張らないこと。楽しく取り組む。嫌になったら、何か他のことをやればいい。
人生、焦ることなど、ないのですよ、はい。

10月19日(木)
本日、9kmランニング。まだまだシーズン初めということで、体が重い。途中休憩を省いて、50’16”。
現在の体重68kg。私の身長は168cmだから、ちょっと太り気味なのだ。
これが2月の泉州国際マラソン(フルマラソン)当時には、64kgぐらいまで落とすつもり。
今日は9km走ると、息も絶え絶え、死にそーだったけど、これからだんだん距離をのばしていきます。すると、9kmぐらい何ともなくなってしまうのだ!体もシェイプアップされてくる。
何しろこれから食べ物がグッとうまくなる季節。テッチリ、カニすき、ボタンなべ、……ヒジョーに喜ばしい季節。
でも、うまい物を食ってうまいビールを飲むためには、その前に汗を流さにゃ。ランニングの後、冷たいビールをググイと飲み干す。その喉ごしの心地よさよ。思わずかけ声にも力が入る。それっ!「ビール!」「ビール!」
 駆け出しの作家は、今日も駆けるのだ。

10月20日(金)
 今日は仕事がお休みの日。よく雨が降った。珍しくうちの奥さんと近くの寿司屋へ食事に行こうとしていると、今日から2学期の中間テストが始まったということで、高校生の息子が昼頃帰ってきた。そこで息子も一緒に出かけた。造りや天ぷらや煮物に茶碗蒸しにご飯、赤出汁がセットで980円の昼定食だが、なかなかうまい。遠くからこれを目当てに来る人も大勢いる。
 腹ごしらえができたら、またパソコンに向かい、せっせとホームページ作り。プロフィールのコーナーで、昔のことを思い出しながら書き込んでいたら、いろいろ懐かしいことが思い出されて、ぼんやりしてしまった。小学校の時にお世話になった森木美佐子先生には、ぜひ一度お目にかかりたいと思っているのだが、いかんせん住所がわからない。元気に過ごしていらっしゃるだろうか?
 夕方になって、雨はますますひどくなり、傘をさして愛犬のパル(シェルティ)を連れて散歩に出かけようとしたが、パルは雨をいやがり、少しばかり近所を散歩しておしまいになった。

10月21日(土)
 高校は今、中間テストのまっさかり。こーゆう時、生徒はストレスたまるんだ。
なにしろ、勉強せにゃいけないからね。ところが、教師は非常にリラックスしてくる。なんせ、授業がないからね。日頃、できないことをいろいろやれる。
 といっても、今日私がやったことというのは、試験の答案を持って帰ってちょっと採点して、久しぶりに、床屋さんにいったぐらいのもの。なんか、パッとしませんね。しかし、散髪するのは、気分転換にいいんですよ。
 私の10年来行ってる駅前の床屋さんは、すっかり顔なじみでしてね、髪の長さをいちいち注文などしなくても、いい。黙って、イスに座る。すると、パッパッといつもの通り仕上げてくれる。
 ところがここのマスター、このところ病気になられましてね、もうかなりお年なのだが、指に震えがくる。カミソリなど持つとちょっとやばい。喉元なんか剃ってもらう時など、スリルがありすぎる。そーいう話をすると、うちの奥さんは、心配げに「もう、他の床屋さんにかえたら」という。しかし、行き慣れた床屋というのは、やはり愛着がある。それに、前行った時は、調子の悪いマスターの代わりに、マスターの娘さんが髪を切り髭を剃ってくれたのだ。この娘さんは、ちょっと可愛い。何時の間に修行を積んだのだろう、ちょっと可愛いこの娘さん、ちゃんと一人前の床屋さんになっていた。
(こいつはいい)その時、そう思ったものだ。
 ところが今日行ってみたら、娘さんは一心に他の客の頭を刈っており、私の担当はマスターの代わりの新顔の中年のオッサンであった。マスターはもう、引退か?

10月22日(日)
 今日は大変いい天気でした。テストの採点を少しやってから、ジャージに着替えて、ジョッギングに出かけた。私のジョッギングコースは、関空対岸の臨海線である。長い海岸線を関空を眺めながら走るのは、すこぶる快適。ことに風のない、穏やかな今日のような日は、抜群のジョッギング日和。
 ジョッグをしているのは、大勢いて、主婦やら学生やら、中年老年、いろんな方が気持ちよさそうに走っている。ここは、泉州国際マラソンのクライマックスに当たる場所で、海岸をまたぐマリンブリッジとスカイブリッジという二つの大きな橋が入っている。橋をのぼるのはしんどいが、眺めといい風の感触といい、こんなすばらしいことはない。といっても、私の練習量たるやまだ、お粗末そのもの。なにしろ、シーズンに入ってから、まだ数回しか走っていない。ぼつぼつ距離をのばしていこうと決心。今日は二つの橋を越え、マーブルビーチまで行き、そこで缶ジュースを飲んで一休みした。往復14kmのコースになった。いい汗かいた。

10月23日(月)
 今日は朝からよく雨が降った。女心と秋の空というぐらい、秋の空模様というのはよくかわる。
昨日はあれほどよく晴れたのに、今日は梅雨時のようなシトシト雨が一日降るじゃないか。気持ちもすさんでくるぜ。
 中間考査は今日でおしまい。明日からはまた、授業だ。今日は教材のプリントを用意し、印刷した。
 帰宅してからは、またせっせとホームページの製作にいそしんでいた。
 しかし、なかなかうまくいかないじゃないの!ウエッブへのアップロードまではなんとかかんとかたどり着いたけど、問題は山積。写真がウエッブ上にのってくれないのだ。フロントページエクスプレスにはちゃんと画像が現れるのだが、ウエッブにはのらない。きっと、私と一緒で、と恥ずかしがり屋なのかな。

10月24日(火)
 私の本は、はやりのミステリーでもオカルトでもファンタジーでもない。大変地味な歴史小説。大新聞に広告が出るわけでもないし、私の本を置いているのは町の大書店だけ。 これまで見たところでは、新聞でも雑誌でも書評欄ではまだ取り上げられていない。
 私の受賞作が歴史読本に掲載されたとき、歴史読本の佐藤実編集長が、編集後記で言っておられたが、「昨今、小説のエンターテインメント性を『快楽』の消費と考える風潮が強く、深く深く想うことを楽しみとする大人が減り、それに応えようとする作品は売れない」ということだ。
 私の作品なども、そういう傾向があり、方法としてはサスペンスの手法を取り入れたりもするけど、快楽というよりは心のカタルシスを目指している。
 だが、私の本を読んでくれた人が、「よかったよ。感動した」そう言ってくれることが救いだ。

10月25日(水)
 今日は仕事が終わってから、9kmのランニング。少し体が重かったが、まあ50分を切る程度で走れたので、まあまあというところか。
 私の作品の評判は、職場の人にはいい。しかし、私は職場では大変堅い男でして、「これを読んで下さいな」と言って、図書館に2冊著書を寄贈しただけで、同僚に営業や販売などは一切やっていない。私の本は、近所の本屋にはどこにもおいていないのだ。それでも、どこからか私の著書を見つけて買ってくる人がおられて、内心感激している。森鴎外の悩みなどというと、誰しもちょっと取っつきにくいものだが、読んでくれた人が、必ずと言っていいほど、「面白かった」と言ってくれるので、正直言って、嬉しい。
 「読書離れ」が指摘されて久しく、今売れている本の多くが、派手なアクションやトリックを売り物にするサスペンス系であるが、それでも地味な歴史小説を好んでくれる人はいる。そういった読書家に応えたい。それが歴史作家としての、私の念願であり、生きる道である。
 
10月26日(木)
 10月も下旬になると、急に涼しくなってきた。日の落ちるのも早い。ホームページとの格闘も何とかおさまり、1昨日アップロードした。一応、ZAQの掲示板にその旨報告などした。すると、さすがにホームページだ。設定したばかりのカウンターの数字が少しづつ回り始めた。1日で30人ほどの人が私のホームページをのぞいてくれたようだ。
 微々たる数字ではあるが、少しずつ読者が増えてくれればと思う。本を読んでくれたら、読者は中身のよさを知ってくれるはずだ。
 
10月27日(金)
 だいたい、テストを返し終わって、採点ミスなどの確認が終わった。また授業が始まる。
 私が今年受け持っているのは、三年生の古典で、これから期末考査まで源氏物語の「須磨」などをやらかそうと考えている。しかし、自分の周辺とあまりにかけ離れた世界に関心を示してくれる生徒など、あまりいないのが世の流れか。私はそんなことを考えながら、職員室に戻り、ふと窓の外の彼方を眺める。ここからは、天気の良い日なら、須磨の辺りも見えるのだ。
 そう。私の勤める職場は、大変見晴らしがいい。職員室の窓から大阪湾が見渡せて、関空が見える。沖にはヨットの白い帆が鮮明に見える。
 『別冊文芸春秋』で三咲光郎氏が書いておられたが、土佐日記にはこの辺りの海岸の描写がある。
 「黒崎の松原を経てゆく。ところの名は黒く、松の色は青く、磯の波は雪のごとくに、貝の色は蘇芳(すおう:黒みを帯びた紅色)に、五色に今一色ぞたらぬ」という描写だ。これは、旧暦の二月一日で、冬の海だからちょっと寂しいが、「五色に一色たらぬ」と貫之が描写するのは、やはりそれなりの感興があったからに違いない。この辺りの海岸線は実に美しい。三咲氏の言うように、確かに貫之の眺めた風景とそう大して違わない海岸線も残されているのだ。
 自然に囲まれた職場の環境。これには、感謝せねばなるまい。
 私共は、時々生徒と一緒に裏山を登りに行ったり、海岸線を走りに行ったり、めぐまれた自然の中で体にいいことをやっている。都会の学校では、とてもこういうわけにはいくまいなあ。

10月28日(土)
 今日はずいぶん雨が降った。
 このところ、高村光太郎関係の本をいろいろ集め、図書館でも8冊ばかり借りていた。もしかしたら、次の題材になるかも知れないと思ってのことだ。パリでロダンに感化を受け、帰国後デカダンの中から智恵子によって立ち直るあたり、すごく劇的なんだが、いかんせん光太郎には社会性が乏しい。確かにすごく人間的だが、父親光雲譲りのノンポリで、「御政道には決して口なんぞだしたりしません」というのだから、歴史小説の主人公としてはものたりないなあ。石川啄木が大逆事件に怒っていても、光太郎は「ああ、そうですか」と無関心。足尾鉱毒事件には多少関心を示したが、田中正造にちょっと共感を感じただけでおしまい。悪いのは、第2次大戦中、軍に協力して戦争を鼓吹するような詩を作っていることだ。やはり、光太郎とはしばらくおさらばすることにした。
 で、今日は府立図書館へ本を返しに行きがてら、妻と娘を連れて戎橋の「かむくら」のラーメンでも食べに行くか、ということになって車で出かけた。ところが、行ってみると、道頓堀は人でごった返し、「かむくら」にはながーい行列ができていたのでございます。直ぐ近くの人気のラーメン屋「金龍」もにぎわっており、桟敷に腰掛け、前の「大だこ」で買ってきたたこ焼きをつまみながらラーメンをすすっている人もいる。
 この辺りは、めっちゃ大阪らしい場所で、看板の上で巨大なカニが手足を動かしていたり、本物なら1000人分ぐらいありそうなフグ提灯がぶら下がっていたり、愛嬌あるチンドン屋の人形が店先でパントマイムをやっていたりする。結局我々が入ったのは、巨大なフグ提灯のさがった「づぼらや」。食べたのは、「うどん定食」。「うどん」といっても、普通のうどんじゃないですよ。うどんやネギの他に、フグの切り身が3つばかり浮いている。こういうものは、やはり大阪ならではのものでしょう。

10月29日(日)
 午前中ちょっとばかりジョッグ。マーブルビーチの辺りで、反対の歩道から声をかけられた。見ると、下野先生。快調に走っておられた。「ちわーっ」手を挙げ、私も元気そうなところを見せたが、実は今日は疲れ気味。 このところ、距離を徐々にのばしており、今日はりんくうタウン駅まで。往復で16〜17kmとなる。
 りんくうタウン駅に着くと、この辺りは日曜日になると広場にフリーマーケットが催され、大勢の人でにぎわっている。11月下旬になると、すぐ近くに関西最大のアウトレットの店がオープンすることになっているので、人出もさらに増えるだろう。ファッションに強いうちの奥さんなどは、それを無性に楽しみにしている。
 私の方は、たいしてそーいうものには関心が無く、天牛書店に入り、ちょっと歴史時代小説コーナーなどに立ち寄る。寒くなったのに、汗かきながらジャージにTシャツ姿で入ってくる男を、店員のおねえちゃんは、けげんな目で見ていた。天牛書店というのは、もともと道頓堀にあった古本屋さんで、織田作之助などに愛された店だった。それが地価が高くなったからか、本店は閉めてしまい、いくつかの店が他へ移転した。臨空店なども、新刊書中心だが、店頭には古本コーナーがあり、河出書房の国史事典が数万円で並んでいたりする。できたら私は、吉川弘文館の国史大辞典が欲しいが、今のところ資金と置き場所がない。たいしてめぼしい本もなく、ウエストポーチからコインを取り出し、自動販売機で1本スポーツドリンクを給水してから、帰りのコースへ。今日は16kmを1時間44分で走った。

10月30日(月)
 読書の秋という言葉がある。私の読む本というのは、最近の話題作というわけではなく、実に気ままだ。ふと読みたくなったものを読む。だから、ずいぶん古い作品もある。
 前置きはそのぐらいにして、近頃読んだ本の中でいうと感銘に残っているのは、まず津村節子の『智恵子飛ぶ』。高村光太郎ではなくて、智恵子の立場から克明に描いている。智恵子の実家の内部までが詳細に描かれているのは、丹念な実地踏査があったものだろう。頭が下がる。私もこのところ高村光太郎に関して、いろいろな文献を漁っていただけにわかるのだが、読んだ所では、想像で書かれている部分はなく、すべての部分においてきちんとした裏付けがある。ところが、それが単なる伝記にならず斬新なのは、智恵子の目でとらえ直されているからだろう。
 克明に描くという点では、いつも感心するのが吉村昭。彼の作品を私はいろいろ読んだが、飾らない文体、丹念な調査という事では、抜群だ。最近、『関東大震災』というドキュメント作品を読んだ。関東を襲ったこの未曾有の大震災をいろいろな角度から調査し、あるがままに丹念に描いている。地震観測に関する学会内部の対立、大地震の悲惨さ、天災をしのぐ人災の恐ろしさなどが坦々と描かれている。吉村文学には、事実そのものの迫力がある。
 資料の積み上げということでは、渡辺淳一の『君も雛罌粟われも雛罌粟』などは、与謝野鉄幹、晶子夫妻を克明に描いているが、事実を積み重ねながら、渡辺文学には作者の思い入れが深い。この作品を書く前、作者は石川啄木の資料を集めていたという。ところが、啄木のことを知れば知るほど、その薄っぺらさに嫌気がさし、与謝野夫妻に鞍替えしたのだという。まあ、そういう気持ちは分かる。何らかの点で、作者は主人公に思い入れがあるのだ。そういうものがないと、その作品には魅力もないだろう。
 歴史小説を書くには、何れも不可欠の要素だ。斬新な視点。史実の丹念な収集。そして主人公への思い入れ。それにしても、何かいい題材ないかなあ。

10月31日(火)
 いつの間にか、10月も終わりですか。あっという間ですね。これから、いよいよ鍋のおいしい季節になります。
 私の住んでいる泉州というところは、新鮮な魚介類がとても安く手にはいるところです。地元では有名な、「佐野の魚市場」。なにしろ、裏は佐野漁港なのだ。漁師によって漁港におろされた荷が、トロ箱のまま店先に並べられる。新鮮なこと、請け合い!カレイもハマチも、みんなトロ箱の中で暴れ回っている。それらがみんなとても安い。
 観光客に知られるようになってから、だいぶ値段も上がったが、それでも、市価に比べるとずいぶん安い。ここではトロ箱いっぱいのシャコが800円で売っていたり、サザエが十数個千円で売っていたりするのだ。これから、ぼつぼつカニやカキの季節。タラバガニやズワイガニもここではとても安い。自宅から二十分ほど車でいけば、たどりつける。ジョッグで行くと、まあ、1時間ぐらいですか。ジョッグで魚市場にたどり着いて、市場を端から端まで冷やかしてから走って帰るというのも、いい。ジャージ姿でうろつくのは、こーゆう場所に結構似合っているものだ。

11月1日(水)
 昨日は晩飯の鍋がちょうど煮えてきた頃、久々に組長(割り勘組組長見澤先生)から電話があり、今年の例会の相談。教師になって最初に赴任した学校で意気投合した教師仲間で、以来我々はそれぞれ違う学校に赴任しても、毎年毎年、この頃になると昔のことを思い出して割り勘組忘年会をやっている。
 久しぶりの話で、お互いの職場の事やら昔のことなど話していたら、ついつい時間が経ち、かなり長電話になった。電話を終えた頃には、私が箸をつける前に、鍋の中身がほとんど無くなっていたほどだった。
 ところで、なんでも見澤組長の話によると、我々の担任した生徒の一人が、どうやら俳優になっているらしく、「火曜サスペンス劇場」とか「部長刑事」などに出演しているらしい。「へえ、ほんまかねえ」と私が疑うと、「なにゆうとんねん。ほら、H.Kゆう奴おったやろうが。あいつや」「へ?H・Kか」
 確かにH・Kという男がいた。文化祭などで特に張り切っていた奴だった。ビデオカメラなどで特撮をやり、自分も出演する映画を作って、文化祭を盛り上げていた男だった。H・Kのことを思いだした私は、「あの男なら、俳優もありうるな」と言った。
 すると組長が、「あんた、昔、『部長刑事』のシナリオ書いてたことあるやろ。これはひょっとすると、あんたがシナリオ書いてH・Kが演じるという師弟の合作もありうるんやないか」などと、面白そうに言う。確かに私は、「部長刑事」のシナリオを書いたことがある。しかし、それは昔、シナリオ学校に通っていた頃の事だ。シナリオの教室で講師の先生に「よくできている」と誉められたが、それだけのことで、番組にしてもらったわけではない。
 第一、私は歴史作家じゃないか。「部長刑事」のような現代物サスペンスとは距離がある。そのへん、きっと組長は誤解しているのだ、と思ったが、組長はちゃんと既に私の著書を買ってくれていて、「今度の宴会に本持って行くで。ちゃんと、サインしてや。嫁さんにそういわれとるんや」とのことであった。ありがたや。
 宴会の日程は他のメンバーとも相談の上、もう一度連絡するということだったが、後ほどまた連絡があって、今月の24日ということにおさまった。

11月2日(木)
 今日は昼前からずいぶん雨が降った。おかげで出張の予定がつぶれた。生徒を連れてあちこち散策する「文学散歩」の下調べをする予定だったのだ。雷がピカ、ゴロゴロ、……というよーな状態では、散歩どころではあるまい。雷にヘソをとられないような工夫がまず必要。
 仕方が無く、担当の教師で近くへ昼飯を食べに行き、今後のことを相談。
 といっても、「誰か、雨男がいるに違いない」というよーな他愛のない話が中心で、「雨男といえば、近頃珍しく熱心に勉強をやっているTだろうか」「それも、そーだな」そんなことをじっくりと検討した。
 文学散歩の予定地は、和歌山の片男波で、万葉集の資料館がある。「和歌浦に潮満ちくれば」の歌を味わいながら、片男波の海岸を散策し、それから資料館に入って万葉集を詳しく学ぶというわけ。海辺だから、余計に天候が悪ければどうにもならないのだ。そういえば、春行った堺の与謝野晶子をめぐっての散策の時もずいぶん雨が降った。下見の時はずぶぬれで、「本番は、こんなことはないでしょう」と言っていたら、本番はもっとひどい雨で、結局JR堺駅前の晶子ギャラリーを見ただけでおしまい。あっけなく、終わってしまったのである。
 1回ならわかるけど、またしても雨が降ると言うことは、やはり普通ではないのだ。何か祟っているのなら、厄よけが必要かも知れない。取りあえず下見は7日に延ばした。
 帰宅してから日が暮れるまでの間、少し雨がやんでいた。私は小5の娘を連れて犬の散歩に出かけた。軽い2.5kmのジョッグコース。実は次の日曜日、娘と久米田池マラソンにチャレンジする予定がある。しかし、このところ天候が悪く、娘はあまり走っていなかったのだ。ここは少し練習しておくべきだろう。しかし、走り初めてから小雨が降り始めた。娘は途中で腹がいたくなって、歩いていた。犬のパルはそういう娘を心配そうに振り返り振り返り走っていた。

11月3日(金)
 久米田池マラソンというのは、岸和田の山手にある行基が溜め池として作ったと言われる巨大な池の周囲を回るマラソン。前の職場にいるとき、水泳部の部員を連れて走ったのがきっかけで、だいたい日程さえあえば参加することにしている。この池、一周が2.6kmもあるが、眺めは実によろしい。池には水はほとんど無いけど、はるか彼方まで広がる干潟には水鳥がいっぱいいて、空気もよい。それに、このマラソン、岸和田健康クラブが主催しており、スーパー・サンエーが後援していて、参加費がただであるだけでなく、出場者全員にもれなくお土産が配られるのだ。お土産というのが、実は、スーパー・サンエーの売れ残りの商品。袋一杯に、コンニャクだの、アスパラガスの缶詰だの、わけのわからないものがわんさと入っている。これはちょっとした福袋のようなもので、何が入っているか、楽しみというものだ。この袋を開けるのが楽しみで、うちの子ども達はこのマラソンをよく走ったのだろう。
 息子は小6の時、このマラソンで栄えある優勝を遂げた。下の娘はどちらかというと家にこもっている方が多いし、学年別になっていないからたぶんだめだろうと思っていたが、小3の時参加して50人ぐらいの中、10番ぐらいで帰ってきたのには驚いた。
 あれから2年。いつの間にか娘も高学年になっている。少しは足も速くなっているかも知れない。今日は文化の日で、ちょっと文化的な事をやるべきだったかも知れないが、試合を目前にひかえると胸も騒ぐ。軽く娘を練習させておく。例によって、川沿いのパルの散策コースがある。これはだいたい全長2.5kmぐらいになっていて、娘の練習にはもってこいのコースだ。昨日不調だった娘は、今日は腹も痛くならず、2.5kmを13分54秒で走った。まあまあのタイムだ。試合では娘は小学生の部で池の回りを1周コース、私は一般の部で3周コースに出る予定。

11月4日(土)
 世間は3連休らしいですが、私共の業界ではちゃんと今日もお仕事があり、ちゃんと昼まで勤務して帰りました。とてもいい天気で、下野先生は明日、淀川マラソンに出場とのこと。こんな晴れた日には、ちょっと海岸線をランニングといいたいところだが、私も明日は久米田池マラソン。ジョッグは、パルの散歩程度にとどめておいた。
 帰宅してからメールを点検すると、歴史文学賞に応募している人から、質問のメールがきていた。最終選考に入ったら、事前にその連絡があるのか、という質問。ああ、そういえば、そういう時期なのだな、と思った。その人は二次選考を通過した人らしい。私は、メールで自分の例を挙げて、説明しておいた。つまり、第19回歴史文学賞で私は最終選考で山名美和子さんと佳作を争ったのだが、そういう連絡は事前にも事後にも本人には一切なかったのである。最終選考に残った嬉しい気分の後、私は雑誌の選考評を見て落選を知り、地獄に突き落とされた気持ちになった。しばらくは、無力感に陥ってどうにもならなかった。しかし、しばらくしてから、私はまた次の目標を目指して歩き始めた。
 この世界、非常に厳しい。受賞してからも、それは同じである。原稿を書いても、やはりレベルでいえば最終選考をクリアーするレベルに達していなければ、みんなボツである。そういった厳しい淘汰の中で、本物の輝きを放つ作家だけが生き残る。
 大阪の生んだ偉大な歴史作家司馬遼太郎氏を常々尊敬しているが、日本中を魅了した司馬氏の作品の秘密はどこにあるのか。いやしくも歴史文学を志す以上、それは常に念頭においておかねばならないと思う。

11月5日(日)
 今日はちょっと残念なことになった。久米田池マラソンのエントリーに間に合わなかったのですよ。このマラソン、例年午前中にエントリーの受付をやって、午後1時からレースという段取りになっている。何回も参加している我が家は段取りには慣れていたはずだが、今日は違っていた。いつも通り11時過ぎぐらいの時間に受付を訪れたところ、「ただ今、小学生の部のエントリーを終了いたしました」のアナウンス。一般男子の部はまだ空いていたが、娘が出場できないので私も今年の出場は断念した。例年になく早いエントリーの終了は、このマラソンの人気が高まっているかららしい。
 娘はすっかりふてくされ、帰りの車の後部座席で暴れていた。
 私は、娘の様子を見ていて、「よし。せっかく体操服を着てるんだし、走る場所は違うけど、いっちょう、行くか」 ふと思いついて、そう言った。
 熊取の山手に永楽ダムという格好のジョッギングコースがある。舗装された一周2km程のいいコースだ。入賞はできないけど、汗いっぱいかけば、憂さも晴れるだろう。タイムは私が計ってやろうじゃないか。
 久米田池同様景色のいい永楽ダムは、湖の周囲をぐるっと回る周回コースで、色づく山色を眺めながらすこし起伏に富んだ道を走る。最初すねていた娘も、機嫌を取り戻して一周一緒に走った。娘は、途中腹が痛くなったらしくタイムはよくなかったが、全力で走ることでそれなりの満足はできたのだろうか、帰りは機嫌がよかった。今日は息子の方は、高校のクラブから駅伝の試合に朝早くから出かけている。結果はどんなものだろうか。

11月6日(月)
 歴史作家のサイトというのはあまりないが、私は時々鈴木輝一郎氏のサイトと鳴海風氏のサイトをのぞかせてもらっている。鈴木氏には一度歴史文学賞のパーティでお会いしたことがあり、そのエネルギッシュな作家活動には敬服している。それに、ホームページには、駆け出しの作家の勉強になることがよく書かれているのだ。
 今日もちょっとのぞかせてもらったが、「つまらない資料などより、小説的な面白さが真実だ」という言葉に感銘を受けた。歴史作家が陥りやすい過ちの一つが、資料にとらわれ過ぎというやつ。資料にあまりにとらわれすぎると、人物伝や歴史書になってしまう。緻密に調べた上で、さらりとすべてを捨て去る。なかなか、できないことだが、それができないと、面白い小説にはならない。
 鈴木氏のサイトの他、このところ私が参考にさせてもらっているのは、同じ歴史文学賞出身の先輩鳴海風氏のサイトだ。鳴海氏は『円周率を計算した男』で登場した理科系の作家だ。鳴海氏はどちらかといえば寡作だが、その作品の質はとても高いと思う。私はまだ読んでいないが、今月新人物往来社から『算聖伝』という長編も出版されている。その本ができあがるプロセスのことは、とても興味深く読ませてもらった。というのも、鳴海氏の担当の編集長は私の担当の編集長でもあり、何か他人事とは思えない気がするからだ。

11月7日(火)
 快晴。午後から、延期になっていた文学散歩の下見。片男波の万葉館。何時の間にできていたのか、非常に新しく、立派な施設だった。担当者3人とも、大いに気に入った。
 山部赤人の「若の浦に潮満ち来れば」の歌と有間皇子の「磐代の浜松が枝を引き結び」の歌を中心にしたドラマチックなシアターや、万葉植物の見本や、万葉人の食事のサンプル、さらにはビデオによる万葉集のクイズコーナーがあったりする。外に出ると、雄大な海岸線を活用した広大な庭園に、多くの歌碑の建ち並んだ遊歩道もあり、生徒が半日ゆったり学習するに適した場所である。ただ、文学散歩の実施は12月2日で、その頃には、もうかなり寒くなっているだろう。天気が悪ければ、庭園を散策して楽しむ余裕もないかも知れない。成功不成功の分かれ目は、天気次第。
 昼飯は県立近代美術館の2Fにフランス料理店があるというので、行ってみた。「3年坂ペレンネ」というレストラン。美術館を巡った後、食事をするのに適したところだ。1000円のウイークリーランチというのがあり、我々はそれを注文。本日のメニューは子牛のソテーレモン風味というやつ。なかなかうまかった。

11月8日(水)
 本屋でちょっと立ち読みした『公募ガイド』。「プロの作家になるために」というタイトルで、編集者の立場からいろいろなことが書いてあった。なかなか、当たっていることが多い。
 たとえば、「プロの作家になるには、出版社主催の新人賞でないといけない」というやつ。これは全く、その通りだ。地方自治体が主催する文学賞というやつは、町おこしとか、村おこしとか、要するに自治体の宣伝が主な目的で、作家を育てようとは思っていない。
 これに対して、出版社が新人賞を設けるのは、自社の出版の為だ。有望な新人を発掘することはそのまま自社の発展に結びつく。歴史文学賞出身の作家でいうなら、宮部みゆき氏(第12回)とか、杉本章子氏(第4回)といった直木賞作家、それから幾度も直木賞の候補に挙がった篠田達明氏(第8回)は、そういう意味では大いに貢献した人達だ。
 最近の人で言うなら、風野真知雄氏(第17回)、梓澤要氏(第18回)、東秀紀氏(第19回)は、コンスタントに著書を出しておられ、まだ次のビッグな受賞はないみたいだが、すでに歴史・時代小説の世界に存在感のある作家だと思う。
 最近の新人物往来社のサイトを開けると、パッと鳴海風氏(第16回)の著書『算聖伝』の表紙絵が画面に現れる。氏への新人物往来社の期待がよく現れている。これはやはり、鳴海氏の最初の作品集『円周率を計算した男』が5回も版を重ねるという実績がものを言っているのだろう。
 みんなそれぞれ頑張っておられるなあ。私も、ぼやっとしているわけにはいかない、と思う今日この頃でございまーす。
 本日は体調悪く、9kmのジョッグを53分41秒。

11月9日(木)
 今日、職員室の窓からぼんやり海を眺めていると、体育の木下先生が近づいてきて、「ちょっと、頼みがあるんや」。「はあ、なんでしょう?」
 木下先生といえば、陸連の大物で、泉州国際マラソンの主宰者。ランナーとしては、日頃いろいろお世話になる事も多い。少し緊張した。
 「クロカンに出てくれるか」
 クロカン!ヤマカンでもアツカンでもない。クロス・カントリー。起伏のある高原でやる長距離レースのことだ。「へ?クロカンですか」
 12月の終わりに岸和田クロカンという試合がある。その試合に出ろというのだ。「一体どうしたのですか?」「実はな、これにはふかーいわけがあるんや」
 岸和田でだんじりの世話人もやっておられる木下ティーチャーは、大阪弁でその深い事情を語った。それによると、要するに参加者が足りないということ。参加者が足りないと、資金が足りず運営面で困ったことになるらしい。
「なるほど。わかりました」そういうことなら、仕方がない。泉州マラソンでは今後も世話になる人だ。断るなど、もってのほかだろう。
 そーいうわけで、私の他にも、栗田、下野、杉中、深井先生がみんな木下先生の召集に応じねばならない事に相成った次第。時は、12月24日。ランナーらしいクリスマス・イブじゃないか。
 そういえば、うちの息子も高校の陸上部からこの試合に出るはずだったな。高校生はきっと風のように速いだろう。しかし我々はただ、試合後のうまいビールを味わうためだけに、カメのようにトロトロ走るだろう。忘年会と聖なる泉州国際マラソン結団式を兼ねた昼食会が、その後に予定されているのであります。

11月10日(金)
 最近ちょっと読み返しているのは、ある人物に関する資料。大阪出身の有名な人物である。なにしろ、その人物の誕生日は私と同じ7月14日なのだ。同じカニ座だから、考えるところに共通項もあるみたいだ。
 これまで私の書いたものの多くが東京の人間だったが、資料を手に入れるにも感情移入するにも大阪人を選ぶ方が有利。
 ただ、その人物が読者にとっても魅力ある人物かどうか。それが問題だ。
 あまりご立派すぎる人物というのは、偉人伝にはなっても、小説にはならないだろう。自分と同じ人間的な悩みを持つから、読者は主人公に共感もできる。ところがある意味で、私が今読み返している資料の人物は、ずいぶん偉く、見ようによっては近寄りがたい人物なのだ。そんな人のことをそのまま小説にしても、面白いこともなんともないのではないか、などといろいろ考えながら、とにかくひっかかるところがあるまでは、この資料読みを続けるつもり。目的はともかく、一つの資料を読み通すということはいいことだ。
 杉本章子氏の『間諜』という長編などは、資料の中に見つけた、横浜のある芸者を記録した数行がネタになっているという。最初読み始めた目的とは全く別個の発見があって、結局それが作品の中核になる。そんなことはよくあることだ。関連する資料をいろいろ読み進めていけば、やがて壁に突き当たって方向変換を余儀なくさせられるか、或いは新世界へ続く扉を開けることになるだろう。

11月11日(土)
 飾り気のない私のホームページに、ちょっとイラストを入れたり、背景を変えたりしてしてみた。気分転換だ。ホームページをデザインするために必要なカットやイラストを無料で提供してくれるサイトが、ウエッブ上にはいろいろある。そういうヤツを使わせてもらった。
 年齢よりだいぶ若々しい感じになってしまったが、まあいいや。まだまだやろうと思えば、バックミュージックを入れたり動画を入れたりもできるのだろうが、ファイルが重くなりすぎるとまずい。また気分転換が必要になったら、デザインを変えよう。
 岸和田に「かむくら」がオープンしたというので奥さんと行ってみたところ、満員だった。隣のイタリアレストランに入り、パスタを食った。味はまあまあだったが、やはり今日はラーメンが食べたかった。
 ところで今日、『週間文春』誌上に、渡辺房雄氏の新刊『ゲルマン紙幣一億円』の書評が大々的に取り上げられているのを見つけた。渡辺房雄氏は『桜田門外十万坪』で第23回歴史文学賞を受賞した人だが、その第1作から維新期の諸問題を現代の問題との相似としてとらえている。そういう点がやはり注目される点になるのか、今回も維新期の経済的な混乱を現代との対比で描いているらしい。帯にも慶応大学経済学部教授竹中平三氏の推奨の言葉が入っているという。
 渡辺氏が現役のNHKプロデューサーで各界に顔が広いということもあろうが、着想に現代性があるということはやはり重要な要素なのか。

11月12日(日)
 本日は晴天なり。午前中、ランニング16km。1時間39分で、まあまあ。コースはいつもの湾岸コース。マリンブリッジの手前あたりを走っていると、向こうから下野先生が、手を振りながらやってこられた。なかなか快調そうな走りぶりであった。年末のクロカンと、泉州マラソンを共に目指しているのだ。マリンブリッジを越えてしばらく行くと、飛行機が翼を広げたようなスタイルの吊り橋スカイブリッジにさしかかる。スカイブリッジの下にはどうやら、釣り堀があるらしく、鯛やらハマチのようなものを狙って釣り人が大勢押し掛けている様子だ。ところが、上から眺めている限りでは、私が橋を通る間、一向にあたりはないような感じだった。釣りには、時合いというやつがあるからなあ。

 話は変わって、私もコンピューターを使っているということもあって、情報産業と本の関係には関心がある。『本とコンピューター』という雑誌を読んでいて、「本が売れない」という出版事情が繰り返し書かれていることが気になっている。
 初版が3000〜6000部ぐらいの文芸書というのは、普通の本屋の店頭には並ばないようだ。大手の書店に置かれるだけ。その辺の書店に大体並んでいるような本は、初版が2、3万あるらしい。
 それでわかった。これまで、近くの書店に私の本が置いていないのを、(地元のくせに冷たい連中だ)と思っていた。だが私の場合、『孤愁の仮面』が初版4000部だから、近くの書店にないのは当然のことだったのか。
 しかし、売れている本というやつも、たとえばサスペンスなどのようなものは、近頃はブックオフというやつがあって、新刊がすぐに書棚に半額で並ぶから、読者も心得ていて、初めっから書店になど行かずブックオフに行くらしい。こうしてブックオフは年に何サイクルも同じ本を売り続けるという。こうなると、作者にとっても出版社にとっても、とても大きな損害になるなあ。出版社も作家も、近頃は青息吐息で、苦しいらしい。
 ともかく、出版不況という深刻な事態だ。戦前の作家は皆、新聞記者か教師をやっていた。専業で食える者なんかごく例外だった。そういう時代がまた来たのだ、と思っておけばよい。自分の納得のいくものを発表したいのなら、余計にそうだ。基本的に物を書いてメシのタネにしようという考えは、通らない状況になっている。

11月13日(月)
 私のホームページもアップロードしてから3週間になりました。アクセス数が200を超えたところですか。
 それなりに、役に立っている。この間、全く知らない人から、私の作品を読んでの感想をいただいたりしましたが、有り難いことです、全く。
 ネットワークが及ぼす影響というのは、すっごく大きい。ともかく、今後、文筆に携わる人間はネットワークと無関係ではあり得ないと思います。読書離れの一つの原因は、情報を本から手に入れるよりも、インターネットから手に入れる方がはるかに早く、便利だからということがあります。
 本ということでいっても、近頃、電子ブックというやつが現れ、本をパソコンの画面上で読もうということが試みられている。やはり今後世の流れは、そういう方向にいくのでしょうね。
 本は、かさばる。好きな本をいちいち買っていると、狭い書斎はすぐに身動きがとれなくなってしまう。ところが近頃は、20冊もある百科事典が数枚のCDに収まっている。不必要になっても、かさばるものではない。
 電子ブックというやつの値段は、とても安い。まあ、紙を使っていないし、製本の必要もないからね。ただ、電子ブックというのは機能的ではあっても手応えが無く、愛着というものは生じないだろう。
 ハードカバーの単行本を手にするとき、その手触りや装丁の美しさを眺めるという楽しみがある。
 今後は電子ブックが増えてくるだろうとは思いつつも、やはりハードカバーの単行本は残って欲しい。辞書とか、新聞だとか、そういう機能を重視した分野には、電子ブックはとてもふさわしいだろうが、文学作品をちゃんと美しい装丁の単行本で読むという楽しみは残しておかなければならない、と思う今日この頃デシタ。

11月14日(火)
 うちで飼っているペットは、一匹の犬と2匹のカメ。
 寒くなると、さすがに変温動物のカメは最近元気なく、餌をやっても食べたくないみたいだ。そろそろ冬眠の準備に入ったのか、動きがノロい。(それは、もともとか)
 犬のパルはシェルティで、牧羊犬だから暑いのよりは寒い方が好きで、猛暑が終わった頃から元気づいてきた。だが、このところちょっと朝夕の冷え込みもあって、体調が思わしくない。妻の話では、昨日は朝飯を食べてから戻したということだ。風邪でもひいたか?
 私の方も、最近はあまり体調がよくない。何ということもないのに、体がだるい。疲れもあるのだろうか、職場の方では今週は文化祭の催しで日曜出勤もあり、いろいろ忙しいことが多い。そういえば、どうしたことか、今日は日頃腕白な学校の生徒さんも、あまり元気がよくなかったみたいだ。
 季節の変わり目というやつは、カメや犬のみならず、みなさん調子が狂うのですかね。風邪ひきにご用心。風邪をひいた人も、ひきそうな人も、ちょっと軽く一杯飲んで、体を暖かくしてからよく眠ること。それが一番ですよ、うん。

11月15日(水)
 昼から文化祭の催しの準備の買い出しに岸和田卸売団地に出かけた。担任するクラスの出し物が物品バザーなのだ。私はかれらの仕入れ屋である。スーパーボールすくいと、ヨーヨーつりと、輪投げと、フリーマーケットなどをやる。
 なかなか普通じゃ材料を集めるのに苦労するのだが、岸和田の卸売団地というのは、いろんな卸の店が集まっている。嬉しいことに、そういう催しの物品専門店というのがあるじゃありませんか!雨が降っていたが、私は倉庫街をうろつき回り、スーパーボールだのヨーヨーつりのセットだの輪投げの輪などを買い集め、だいたい予定の品をゲットして、ほっと胸をなでおろした。
 卸売り団地を出てから私は、久しぶりにK高の国語科に顔を出した。K高は目下、校舎の建て替えの最中で、国語科の職員室もプレハブ校舎に移っていて、2階上がってすぐの部屋が国語科の教員室らしい。中にはいるとちょっと落ち着かない感じがしたが、先生方はみなさんあまり昔と変わっておられないようだ。
「あら、いらっしゃい」と、いつも愛想のいい浜崎先生が私を迎えてくれる。広野先生や猿橋先生もいらっしゃった。今年現任高のM高からK高へ転勤された糸井先生もいらっしゃった。
 ソファに座ると、おもむろに浜崎先生が、「はい、これ」と言って取り出したのは、おお、私の著書じゃないか!アリガトーゴゼーマース。浜崎先生が窓口になって、私の著書を4冊ほど買ってくれたらしい。義理とはいえ、同僚の愛というものはありがたい。ところが、駆け出し作家の私は、サインが下手だ。生徒が持ってくる遅刻カードになら無数にサインをしたことはあるが、自分の著書にサインするのはどうも気恥ずかしく、黒板にでも書くようなぎこちない字で4回自分の名前を書いた。書いてから、「これでこの本も、古本屋に売れなくなるな」などと、私は照れ隠しを言った。
 後から、篠原先生や栗林先生、松井先生も入ってこられ、私の著書のことや最近のK高などのことを話した。国語科では今年谷本先生が転勤されたが、浜崎、篠原先生は私と同じ谷本門下のランナーであり、今年はグアムのマラソンにも出場したという。健在でなによりでございます。今日は久しぶりに広野先生のさえたシャレを一発お聞きしたかったのだが、それはなかった。でも、懐かしい面々に会えて、なぜかとても幸せな気持ちになれたのでした。K高の先生方、ハッピィな気分をどうも有り難う。

11月16日(木)
 自分ではうまくいっているつもりでいたが、私のホームページの画像は出ていないということが今日わかった。学校のパソコンで私のホームページを見た加藤先生が発見した。
「ほら、見てみ」
 言われてのぞくと、確かに画像が出ていないのだ。これは、参った。はて、どうなったのか、と首をひねっていたのだが、加藤先生によると、「画像タイトルに漢字のタイトルはいけませんよ」ということだそうな。初心者の陥りやすい誤りらしいが、なるほど私は画像ファイルにみんな漢字で名前をつけていた。ボタンにしているつもりのキャラクターはもちろん、背景の青空や布地や石壁などがことごとく皆、出ていない。
 そういえば、半角のアルファベットでファイル名をつけた写真類だけはちゃんと出ていた。加藤先生の言うことが正しいのであろう。
 帰宅してから、私はせっせと画像ファイルの名称を付けなおし、アップロードをやり直した。さて今度こそうまくいってるか。

11月17日(金)
 学校で私のホームページを見ていた同僚が、
「あれ、沼口さんのホームページ、『近況報告』のページにブロックがかかってるで」
と教えてくれた。
 見ると確かに学校向きのパソコン上には、『近況報告』と題した最近書いた作品のページが出てこない。
 学校に大量のパソコンが配置されるようになると、府教委が検閲して有害なホームページなどをブロックするということは当然必要な処置であろう。しかし、基本的に私のホームページには不真面目な部分はないと思っている。書いている作品についても、人間の生き方を真面目に取り上げたものであり、現役の高校生が読んで具合の悪いものは何もない。それどころか、読者からは、「読んで感銘を受けた」という感想が多い。先日K高にお邪魔した時も、「授業で『孤愁の仮面』を取り上げてみようか」という話が出たぐらいだ。
 教頭の話では、「『近況報告』というタイトルがひっかかったのとちゃうか。そういうタイトルでいかがわしいサイトがよくあるらしいからな」
 と言うことだった。
 なるほどな、と思った。ロボット検索というやつがある。一群の猥雑な分野の言葉をキーワードとして、ロボットが検索し、ひっかかってきたサイトにブロックをかける。そうでもしなければ歯止めのかからないオンライン上のモラルの低下が確かにあるのだ。
「まあ、それなら、しょうがないか」
 私はタイトル名をいかがわしい(?)「近況報告」から「最近書いた作品」に書き換えることにした。

11月18日(土)
 文化祭前日。授業は1限だけ。後は、文化祭の準備。クラスの出し物の宣伝用パネルを飾ったり、テープのワッカや花で教室を装飾したり、描いたポスターを廊下のあちこちに貼ってまわる。うちのクラスの出し物は、フリーマーケットとヨーヨー釣りとスーパーボールすくいと輪投げ。それぞれコーナーを作って、用意。フリマの品物がやや足りないが、まあそれなりに準備は整ったようだ。輪投げの景品用に、ポテトチップだのチョコレートだのといろいろお菓子を仕入れておいたが、輪投げは、1回50円。出血の大サービスというものだ。これが民間なら、じゃんじゃん景品を持って行かれて、商売あがったりではないか。そういうわけで、儲けなどは全くないのだが、生徒達は結構やる気になっていた。
 ところで、学校でホームページの点検をしてみたところ、「最近書いた作品」のコーナーがちゃんと画面に現れた。どうやら、「**ちゃんの近況報告」という有害なサイトがあり、「近況報告」という言葉がキーワードになって、私のページにブロックがかかったらしい。
 今後、生徒向きに情報授業の機会は、いよいよ多くなってくるだろう。無論、インターネットの活用なども当然入ってくる。そこで、無数のサイトをチェックして、有害なサイトを遮断する手だては必要であろうが、可能な限り慎重なチェックであってほしい。

11月19日(日)
 とてもよい天気。生徒達は皆さん機嫌良く、それぞれの催しに取り組んでおりました。
 わがクラスの輪投げは、1回50円で5つの輪を投げ、輪の入った景品を持って帰ってもらう。線からちょっと離れた所にポテトチップだのチョコレートだのラムネといったお菓子を並べた。少し離れているので、最初はどのお客さんも、なかなかうまくいかなかった。
 父親に手を引かれて5才ぐらいの小さなお客が来たとき、(ああいう小さな少年の夢は大切にしてあげなければならない)と私は思い、生徒に指示して、手を差し出せば届くところへ景品を近づけさせた。出血大サービスだ。ところが、それでも少年は5回ともしくじってしまった。がっかりした少年を眺めて、私もがっかりしていた。
 それからちょっと他のコーナーを見に行ってから戻ると、景品がやけに少ない。(しまった)と思った。少年が去った後、伸ばせばすぐ手の届くところに置かれた景品は、大きな高校生のお客さんに労せずことごとくゲットされていたのだ。
 まあ、しょうがないか。今日は大サービスの日だ。
 スーパーボールすくいのコーナーもけっこう人気があった。最初は「5つすくえば2つあげる」というような規則をもうけていたが、だんだん「すくった分だけ持っていって」ということになり、うまい客は山ほどスーパーボールを持って帰っていた。フリーマーケットは大してふるわなかったようだが、私は置き時計とボウシの置物をそれぞれ100円で買った。何れも市価では数千円する品物だ。
 ともかく、たこ焼きが10個で150円とか、クレープが100円という値段で、こういうのは、昭和30年か40年代の値段じゃなかろうか。
 やれやれ。これでまた一つの大きな行事が終わった。来週は明日の代休を含めて、勤労感謝の日、第四土曜日と休日が結構ある。ちょっと走って、忙しさにかまけてなまった足腰をまた鍛えますか。それに、読んでおきたい本もあるしね。

11月21日(月)
 代休。インターネットの天気予報によると、本日は午前中曇りで午後から雨が降るとのこと。朝飯を済ませると、さっそく私は私はジャージに着替えて久しぶりのランニング。いつもの海岸線に出るまでに、制服の高校生や背広の通勤姿とずいぶんすれ違い、つくづく有り難い休日だなあ、と思った。先週走っていないせいか、体はかなり重く、りんくうタウン駅までたどり着くと、かなりへばっていた。こんな調子だと、フルマラソンの完走など、おぼつかない。これからは、ちょっとペースを上げていかなければならないでしょうね。
 なんとか家まで戻る頃、ポツポツ雨が降ってきました。インターネットの天気予報というのは、リアルタイムでかなり正確な情報が手に入る。午後からはかなり降った。
 かねて考えていたように、今日はメールで「インターネット歴史協会」に加入の申し込みをした。私のホームページもアップロードしてすでに1ヶ月。他の多くの作家達がやっているようにホームページを維持・管理する自信もできた。情報産業が劇的な転換を遂げていく時代にあって、今後、作家はインターネットと無関係ではありえない。そういうことには、もう多くの作家が気付いており、インターネット上にはずいぶん多くの作家のホームページがあり、作家同志のコミュニケーションもはかられている。
 インターネット上の作家協会にもいろいろあるのだけれど、やはり私にはもっともなじみ深い「インターネット歴史作家協会」に加入のお願いをした。しかし加入条件は、「著作が複数あって、……」という項目があり、わずかに最初の著書が出版されただけの駆け出し作家ではだめかも知れないと思ったが、この協会には歴史文学賞では先輩の鳴海風氏や風野真知雄氏もいらっしゃることだし、とりあえず依頼はしておくことにしようと思ったのだ。夕方、鈴木輝一郎氏からさっそく、メールの返信があり、「会員全員に賛否のメールを配信しておいた。その結果は11月25日(土)まで待ってくれ」ということだった。それから間もなく若桜木虔という作家から、「1度も受賞したことのない作家だが、よろしく」というメールが届いた。無論、400冊も著書のある若桜木虔すなわち霧島那智という作家を私は知っている。彼のホームページは、若手作家にとても役立つ講座が入っている。そういう方の、実に謙虚なご挨拶に、私は感動した。大物というのは、そういうものなのだ。

11月21日(火)
 あまり知られていない作品だが、大阪蘭学の始祖橋本宗吉を描いた柳田昭の『負けてたまるか』を読み、学者の世界を描くのも悪くはないな、と思った。そういえば、鳴海氏の新作も江戸時代の数学者を描いた作品だ。
 (まあ一度)とばかり、新人物往来社のアルクラブから、関孝和の生涯を描いた鳴海風氏の『算聖伝』を注文した。画面を出してちょっとクリックすれば、明日か明後日には手元に本が手にはいるだろう。近頃、オンライン書店というのはとても便利で、おおいにお世話になっている。
 『算聖伝』は700枚におよぶ大作だが、「一気に読ませられる」という評判なので、一度読んでおかねばならないと思っていたのだ。数学者の生涯を描くとなると、素材が地味なだけにたいていの場合、読者を飽きさせてしまうもの。ところがそうでないというのだから、やはりかなりの力量だと言わねばならない。なんでも鳴海氏の『算聖伝』は、すでに重版の準備に入ったという。さすがだな、と感心する一方、おおいに羨ましい気持ちがする。

11月22日(水)
 私の職場の先生方も、みなさんとても個性的なホームページを持っておられる。
 お子様が少年野球で活躍している屋敷先生は、忠岡ボーイズという少年野球のサイトに試合の成績を丹念に書いておられ、その活躍ぶりはすごい。OBにはプロ野球へ入団した選手もいるのだからすごいものだ。
 演劇の顧問をしている加藤先生は、大阪府高校演劇のサイトに大阪府の高校演劇の詳しい日程の掲示板を運営している。演劇部の生徒や顧問によく利用されて、とても実用的なサイトになっている。
 山岳部の宮田先生は、「紀伊半島の沢と山」というサイトで、紀伊半島南部の奥深い沢や山の探勝の記録が入っている。クリック数が3万を超えているというのは、近畿の山岳家に人気のあるサイトなのであろう。
 田中先生のサイトは、ご夫婦で巡った世界各国の旅の記録となっている。とても美しい景色がちりばめられたアルバムだ。
 私のサイトというのは、駆け出しの歴史作家最初の著作集の紹介とプロフィールの紹介という体裁になっているが、これは多くの作家達のサイトのスタイルを見よう見まねで作ったものだ。作家のサイトのメインは、大体のところ日記であって、その日のことをエッセイ風に綴っている。その他に、プロフィールと作品履歴、返信メールのコーナーがあるのも同じだ。
 しかし日記といっても、中身はまあ土佐日記みたいなもので、読者を想定した読み物か。実は一日の出来事を一定のフィルターに通し、書いても差し支えのないことを選んで、それを味付けしてあるというわけ。
 鈴木氏のような売れっ子の場合は、出版社に伝える仕事のはかどり具合の報告書みたいになっているようだ。電話で確認すべき内容を、出版社の編集者は、日々彼のホームページをチェックすることで間に合わせることができるようになっていて、短いエッセイや書評などはメールを使って済ませるみたいだ。

11月23日(木)
 祝日。快晴なり。午前中、パパラまで往復のジョッグを16km。1時間38分8秒で、まあまあ。学生らしき団体が風のように走ってきて、瞬く間に私を追い抜いていった。スピード違反というものだろう。
 パパラの向かいにアウトレットの大型店がオープンしたので、ずいぶん混み合っていた。休憩がてら、私はジャージ姿でアウトレット店をいろいろ眺めながら歩いた。
 カジュアルのブランド店がいっぱいだった。しかし、だいたいが、若向きですよ。お客さんも、高校生や学生が多い。入るのに列をなしている店もありました。「BOOK」という文字が目に付き、本の好きな私は、(おや?こんなところに本屋ができたのか)と店をのぞいてみると、置いているのは服ばかり。(すわ!看板に偽りありか?)と思ったが、よく見ると、看板には、ハハハ、「BLOOK」と書かれていたようだ。
 日頃閑古鳥の鳴いているような付近の駐車場が、今日は満杯状態。こういう状態がいつまで続くのか疑問だが、今日の所、不景気という感じはありませんね。持ち帰ったチラシを、うちの奥方様はとても興味深そうに見つめていました。
 夕方頃、新人物往来社のアルクラブから、「算聖伝」を送ってきた。注文したのは1昨日の夜だったが、この迅速さはすばらしい。

11月24日(金)
 京橋の「梅の花」にて「割り勘の会」。新任時代の同僚との忘年会だ。スポーツで汗を流してから、寿司や鍋や焼き肉を争って食べた20代の新任時代からの気心の知れた仲間。しかしお互い、40代になると、さすがに争って食べるというような学生みたいなノリは無くなっていて、ゆっくり話しながらの懐旧談であった。そもそもこの「梅の花」という店、とても上品な懐石料理の店であり、時間よりちょっと早めに着いたところ、私は待合室で昆布茶などよばれることになり、結婚式にでも来たような感じがした。
 私が最初に着き、しばらくすると見澤先生がやってきた。いつもなら、「ほなら、準備運動でもやりましょか」ということになって、メンバーが集まるまでにいろいろ飲み食いをしているということになるのだが、この所、そういうガツガツした雰囲気もない。
 幹事の梶原先生から店に連絡があって、「病院に寄るので、少し遅れる。先にやっといて下さい」とのこと。梶原先生といえば、我々の間では「割り勘の虎」或いは「アイアン・ストマック」と呼ばれたバイタリティーの塊みたいな男である。病院などとはおよそ縁のない男なのだ。「本人とは限らんわな」見澤先生も怪訝そうに、そんな風に言った。しかし、遅れてやってきた梶原先生は、やはり風邪をひいて医者に行ってきたのだとのこと。 いつの間にか、我々は年を取っていたのだ。当然の事なのだが、日頃離れている仲間と久しぶりに会うと、自分が変わっていることをさておいて、相手がずいぶん変わったことに驚いてしまう。「梅の花」を出た後、若い頃飲み歩いた横町をブラブラした。昔よく行った多くのスナックはすでに無くなり、いろんな新しい店が現れている。我々はその中の1軒に入り、歌声を競い合った。
 帰りは、すでに電車が途中までしか無くなっていた。星がきれいだったので、私は4つほどの駅の区間を歩いて帰った。

11月25日(土)
 鈴木氏から日本インターネット歴史作家協会入会を承認するメールが届いた。これでオンライン上のコミュニケーションの可能性が広がった。私は21番目の会員ということらしい。21世紀を目前にして、縁起のよい数字だぜ。挨拶のメールを皆さんに送っておいた。
 それが終わったら、ちょっとホームページの模様替えをやった。I歴協のメンバーのホームページをいろいろ紹介することもあり、メニューにリンク集のページを追加。これによって、交際の輪が広がっていく。いいことじゃないか。
 しかし、I歴協のメンバーというのは、多彩だなあ、全く。扱っているジャンルもいろいろだが、個性も多士済々。スポーツマンも結構多いな。合気道、空手やウエイトトレーニングをやっている人もいるみたいだな。ハングライダーやってる人もいるようだ。しかし、マラソンやってる作家はどうやら私だけか。ま、駆け出しの作家が駆けるのは、当然のことだろう。

11月26日(日)
 小春日和の穏やかな一日。水温が高くなったのか、今日はカメさんも、元気そうに泳ぎ、パルは芝生に降りてきた鳥に向かってワンワン吠えていた。初冬という感じがしないわい。
 午前中、りんくうタウン駅まで往復のジョッグ。たいへんいい陽気なので、ずいぶん汗をかいた。相変わらず、開店したばかりのアウトレット店は、人だかりがすごい。りんくうタウン駅も、人でごった返していた。私の方は、もう少し人だかりが無くなってから、出かけてみるとしよう。
 「算聖伝」を読んだ。関孝和がキリシタン孤児とする着想が警抜で、ストーリーの重要な柱となっている。この着想があったからこそ、この長編は成功したのだと思う。事実、この頃の数学者と宣教師は深い関わりがあったということらしいが、関孝和の数学上の業績が華々しければ華々しいほど、孝和の人間的な苦悩に彫りが深くなる。長編には、燃えるようなロマンスが欲しいところだが、ちゃんとアプリルとのかなわぬロマンスも描かれていて、ストーリーの展開に彩りを添えていた。孝和の細君が知らぬふりをしていながら、孝和のアプリルに対する気持ちをすべて見抜いていたあたり、女心への鋭い洞察があるなあ、と思った。

11月27日(月)
 ホームページで霧島那智さんの日記を読ませてもらうと、一月に数冊の割で出版されているようだ。感心するというのを通り越して、驚嘆するばかり。明治の作家でいうと、確か夏目漱石などは、一日に原稿を40枚は書いていたというから、まあ、一月に3冊の本ができる勘定になる。あの「坊っちゃん」などは、1週間ぐらいで書いていたはずだ。そういうペースで書いたからこそ、わずか10年間の文壇生活で、あの漱石全集という膨大な作品集が残ったのだ。
 まあ、私の場合、2足のワラジというか、文学への関心が国語の教員の顔になったり、作家になってみたりしているが、ともかく日頃雑用に追われることが多い。贅沢を言ってはいけないけど、なかなか落ち着いて執筆というような気持ちになれない事が多い。こんな愚痴をこぼすと、「馬鹿を言っちゃいけない」と言われるかも知れない。日本の文化を支えているライターの9割以上は、2足のワラジを履いており、いそいそと自分の勤めを果たしつつ原稿を生みだしているのだから。
 鳴海風氏からいただいた挨拶のメールに、「歴史文学賞、2足のワラジ、...いくつか共通点がありますね」という言葉があったが、そういう点では、鳴海氏に共感を覚えることがいろいろある。2足のワラジライターということで多忙になり、遅筆にならざるを得ないことに、大いに共感してしまうのである。まあ、私の場合は、単にだらけているだけかも知れないけどね。
 2足のワラジということでいえば、「花腐し」で今年度の芥川賞を受賞した松浦寿輝氏などは、私と同年齢だが、東大の教授を勤めながらの受賞だから、天晴れという他はない。文壇の長老南條範夫氏も、長い間大学で経済学部の教授を勤めながら活躍してこられたのだ。
 そこまでいかなくても、東京の都立高校教師に、大久保智弘という現役の歴史作家がいる。福島正則を描いた「水の砦」で第5回時代小説大賞を射止めたが、以来、都立高校の社会科教員と歴史作家を見事に両立してやっておられる。必ず年に1冊の長編を出版されていて、著書もすでにかなりの数になっているはずだ。年に1冊。できれば、私もそのぐらいのペースでやっていけたらなあ、と思っている。

11月28日(火)
 校門前の並木道は、すっかり色づいた紅葉で実に美しい。急に寒くなった。うちのクラスでも、ちょっと風邪気味のやつが出てきた。窓から見える海の色も黒っぽくなり、いかにも寒々とした色になってきた。次第に行楽には不向きな季節に移り変わってゆく。
 ところが、今週は生徒を引き連れて2度、校外へ出かけなければならない。一つは和歌山市民会館へ、演劇鑑賞に。もう一つは、和歌山片男波の「万葉館」へ文学散歩の校外学習だ。
 この「大阪文学散歩」(和歌山へ行っても、なぜか大阪文学散歩)というのは、我が校独自の物であり、授業で習った文学の史跡を実際に歩いてみるというフィールドワークを一つの課題としている。こんなことをやっているのは、今のところ大阪の高校では本校だけで、ちょっと魅力のある講座ではある。
 しかし、演劇鑑賞はともかく、「万葉館」の文学散歩は、海辺の散策が入っているから、天候が成否の鍵を握っている。昨日までのポカポカいい陽気ならいいわけだが、今日みたいに寒くなると、ちょっと具合が悪い。時雨でもしたら、「万葉館」の中に閉じこもったままになってしまう。展示された資料を見るのでは、教室で説明を受けているのと、大して違わない。「和歌浦に潮満ち来れば潟をなみ芦辺をさして鶴鳴き渡る」というおおらかな雰囲気を味わうためには、やはり和歌浦の景勝の地に立ち、片鱗なりとも古代人の感じた物を感じ取ってほしいものだ。1学期は大雨のため、堺の与謝野晶子の碑をめぐるフィールドワークが、晶子ギャラリーをのぞくだけに終わってしまったが、今回の天候はどうだろう。


11月29日(水)
 
鈴木氏に、「作品を書くペースが遅すぎる」というご指摘を受けた。全く、その通りだから、仕方がない。
 いろんな文芸雑誌で読んで知っているが、ことに鈴木氏はバイタリティあふれる人だ。日々の日記を読ませてもらっても、まず読書量が抜群であり、作品は現代物のミステリーから歴史小説まで、常に並行して執筆しておられる
その底辺にあるのは、とぎすまされた命がけのプロ・スピリッツだ。
 私の周囲にいる人達は、無条件に私の書いた物に感心してくれる素人ばかりなので、ついつい自分に甘くなってしまうのだろう。現実はそんなに甘くはない。プロのとぎすまされた嗅覚と目で率直にものを言ってくれるということは、とてもありがたい。ギラリと光るプロ・スピリッツを感じさせてもらえただけでも、i歴協に参加した価値があった。


11月30日(木)
 
うららかな小春日和。
 和歌山市民会館にて、演劇鑑賞。「遙かなる甲子園」という劇で、沖縄の聾学校の生徒が困難と闘って高野連への参加を認めてもらうまでの人間模様を描いている。高校生向きの演劇だが、ストーリーが単調にならないように、てきぱきしたアクションやコントも取り入れられており、よくメリハリの利いた演劇だった。それに役者は皆、かなり体を鍛えているらしく、場面に応じた激しいアクションシーンをいとも簡単にこなしていた。ストーリーは大小の山を越えながら、高野連への加入成功というラストシーンへ向かっていく。高野連への参加をテストするという試合では惨敗を喫するが、ラストで勝負には負けても高野連への加入はかなうことになる。生徒の幾人かは涙を流していたようだ。
 私などの場合、生徒などよりもっと醒めた目で作品の作られ方などを見ているものだから、善人過ぎる人物が出てきたり、ストーリーがあまりに美談めかしく進んだりすると、首をひねってしまう。リアリティが大事だからだ。想像で作った人間であっても、ドラマの中では、生きた人間でなければならない。しかし、まあ、それなりに