| 貝塚中央線の道路を挟んで、町の東側には田畑が広がる清児町。 減反政策が定着しているとは言えまだまだ水田がたくさんあり、水稲の生育に必要となる膨大な農業用水は、主に二つ池(通称ふたいけ)、今池、溝池の3つの大きな溜池に頼っています。 また、その水源(木島湯)は貝塚市中央部を縦断する近木川を遡り、大阪府南部と和歌山県北部を分ける和泉山脈の最高峰・和泉葛城山(858m)に求めています。 葛城山は往古より雨の神様(後記参照)として地元の信仰を集めており、昔から清児のお百姓さんたちも雨の少ない干ばつが危惧される年には、雨乞いにお参りしています。 この年(平成18年)も、長雨で梅雨明けは7月末と遅れたものの、8月に入ってからは晴天が続き水不足が心配されたため、8月25日(金)に清児水利組合による葛城詣りが実施されました。 |
![]() ![]() (左)清児町会館集合でバスで登ります。昔は徒歩で参拝していたことでしょう。 今では参加者の年齢を考えると不可能です。 (右)牛滝方面から1時間弱で山頂付近の茶店前に到着します。 ただし、こちらは和歌山県側の参道で、車で登るとこちらに着きます。 反対側にある大阪府側の参道は徒歩での登山道となります。 ![]() ![]() (左)急勾配の参道を登ります。 この参道の両側には泉州地方各地の祭礼団体が安全祈願のために建立した前 梃子が多数立ち並んでいます。 (右)和歌山県側(紀州徳川藩)の葛城神社です。 この裏側に大阪府側(岸和田藩)の葛城神社があります。 清児若中会奉納の前梃子(写真右手前)を見つけました。 ![]() ![]() 平成16年の祭礼安全祈願のために清児若中会により建立された前梃子。 当時の清児若中のメンバーが交代で清児から山頂まで徒歩(駆け足?)でかついで 来たという値打ち物です。 ただ、他の地区も含めて、紀州徳川藩の参道に建てるのはどうしてでしょう? 反対側にある地元岸和田藩の参道への奉納が正当かと思うのですが・・・??? その2へ |