![]() 上段は朱雀、下段は阿吽の龍頭です。龍の眼は塗りではなく、凝ったガラス細工です。 ガラス眼は、明治初期の作品に多いそうです。 ![]() 彫物ひとつひとつは、粗いように思います。 そのため、岸和田旧市からの流出品ではないという説が有力です。 ![]() 小屋根の枡組であったとしても、かなり小振りであることが伺えます。 明治時代の清児は、中央線はもちろん貝塚牛滝線(新道)もなく、旧道だけでした。 それも今よりずっと狭かったそうですから、地車も小型であったことでしょう。 ![]() 裏から見たところ。中央に何やら文字が見えますが、読めません。 ![]() 上から見たところ。ここにも墨書きがあります。 これが確たる証拠にはなりませんが、私は清児に先々代地車が存在したと信じたい。 おもしろ清児町トップへ戻るホームページトップへ戻る |