
![]() ![]() (左)水道路の大阪方面向き。信号の向こう両側が清児新町。 (右)同じく和歌山方面向き。このあたりの両側が清児新町。 ![]() ![]() (左)水道路浜側から清児新町。 この辺りにはわずかながら畑地が残ります。 (右)水道路海側から清児新町。 畑地と竹やぶ。左の竹やぶが低い場所手前は小さな溜池です。 ![]() ![]() (左)水道路浜側にある清児新町の住宅地から大阪方面を望む。 (右)同じく、和歌山方面を望む。 ![]() ![]() (左)水道路山側にある岸和田市水道局光明配水場。 地図を見るとこの辺りも清児新町に含まれるようにように思います。 水道路の地中には淀川からの上水道が通っています。 清児新町だけでなく、本家清児町の蛇口から出る水道水もここからの水です。 (右)明らかに岸和田市内ですが表札に「貝塚市清児新町」とあります。 小さな感動を覚えます。 勝手に撮影して、家主さんゴメンナサイ。 どのような経緯でこの場所に清児町の飛び地が生まれたのかは不明です。 おそらくは、その昔に清児町の先人がこの場所を開墾されたのではないかと推測し ますが、その目的は??? 清児町から約3q。清児に残る古道、大熊街道を行けば山道とはいえ小一時間で 歩ける距離です。この地に新たな田畑を求めたのか、みかん山であったのか、電気や ガスの無い時代に燃料用の薪を拾い集めるための山林であったのか、先人たちの生 活を想うと興味が尽きません。 たいへん残念ではありますが、以下のとおり消え行くこととなりました。
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