崇禅寺馬場の仇討ち


大和郡山の藩士
二人が弟の仇を討つべく約束の崇禅寺馬場にやってきたが、相手の騙まし討ちに逢う悲劇の物語である。事件は正徳五年(1715)のことで、赤穂浪士討ち入り13年後の事です。大和郡山藩の藩士 遠城兄弟は三人兄弟で一番下の宗左衛門は父、左衛門と後妻の子で、長男は冶左門、次男は継母の里に養子に行って安藤喜八郎と名乗って居りました。末の弟、宗左衛門は、正徳五年五月十四日に、同藩の生田伝八郎と武芸の論争が元で刃渉沙汰となり、生田伝八郎は遠城宗左衛門を切り殺して、出奔しました。 
この場合、喧嘩両成敗で切腹するのが定石なのに彼は出奔したのです。時に宗左衛門は十七才、伝八郎は二十五才でした。
伝八郎は郡山から大阪に逃げて、知人の谷町二丁目の弓師宅に寄寓し、剣術指南を始めた処、僅かの間に可なりの弟子も出来ました。それで曽根崎新地の花屋の離れを借りて、そこを稽古場としておりました。一方、遠城家では継母は、実子 宗左衛門の横死を悼むことが一通りでなく、余りの悲しみように冶左門と喜八郎 兄弟は見るに忍びず、仇討ちを決心しました。元来、仇討ちは尊属に対して行うべきで、兄が弟の仇を討つことは本筋ではありません。これは私闘です。藩に届け出ても許可になりません。
この場合、兄弟は脱藩して実行せねばならず。脱藩すれば遠城家も安藤家も共に断絶します。継母もそれ位のことは承知の筈なのに、腹を痛めた吾が子のために夫の家も己の生家も犠牲にしてまで、兄弟に仇討ちをやらせるとは、変わり者の女性と言わざるを得ませんが、二人は継母への義理の為に脱藩しました。

噂では仇が大阪に居るらしいと聞き、兄弟も大阪に出て上町に仮居を定め、日夜、生田伝八郎の姿を探し求めている内、或る日、生玉神社境内でバッタリと出逢いました。兄弟は刀の柄が砕けんばかりの勢いで名乗り懸け『いざ尋常に勝負せよ』迫ります。伝八郎は『ココは神域であり、今は門弟を沢山連れているので無闇に人を騒がせるのは本意ではない.其の上、門弟が助太刀せぬとも限らぬので異存なければ明後日の早朝に、西成郡浜村の崇禅寺の松原(後に崇禅寺馬場と呼ばれる)に出向いて頂きたい』と申し出る。正式の仇討ち免許を持たぬ兄弟は道理なりと承知してその場は別れました。
そして約束の日に崇禅寺の松原に来ましたが、伝八郎は影も姿も見せません。苛立った兄弟は生玉神社で聞いていた、彼の連絡場所の弓師五郎兵衛宅に来て見ると、手紙が託されていて、それには『明石の実母が病気故、其の看護に行くので来月の四日の早朝には約束通り崇禅寺の松原でお逢いする。十月二十八日』と書いてありました。それで、兄弟は返書を書き『十一月四日、朝五つ時(午前八時)に遭おう』と弓師五郎兵衛に渡して帰宅します。
さて約束の十一月四日、伝八郎は未明から多くの門弟を連れて松原に来ており、遠城兄弟は伝八門弟を連れて先着しているとは夢にも知らず、松原に到着して身支度に取り掛かって、その支度が未だ終わらぬ内に伝八郎が現れて名乗り出たので、兄弟は喜んで、さすがに武士と生田に一礼して立ち向かおうとしたところ、不意に物陰から砂礫や矢が兄弟目掛けて飛んで来ました。兄弟が眺めると葦の茂みや稲村の蔭、或いは末の梢には伝八郎の助太刀が、それぞれ得物を持って潜んでいます。『さては謀られたか』気付きましたが、躊躇の暇もありません。それらを相手に奮闘しましたが、衆寡敵せず無念の涙を呑んで崇禅寺の松原の露と消えるのです。
この時、兄 冶左門は二十六才・弟 喜八郎は二十四才。兄弟が如何に悲惨な死に方をしたかは、検死の口書きが雄弁に物語っています。

 遠城冶左門  
  右腕疵大小七ヶ所・左腕疵二寸程切り込み・右咽より肩先へ懸け六寸程の
  眉間二寸程二ヶ所・背中八ヶ所・左鬢
(びん)より耳の後へ懸け三寸程一ヶ所
  
両足の疵大小十二ヶ所・胴体矢疵、槍突き疵、数ヶ所           
 安達喜八郎   
  左眼尻より鬢へ懸け四寸程一ヶ所・首筋際より肩先へ六寸程一ヶ所・
                背中大小疵八ヶ所・右腕疵六ヶ所・同所槍突疵三ヶ所・左肘五寸程一ヶ所             両足の疵数ヶ所・尚他に、槍疵・刀疵・矢疵

  更に首を切り離し鳥居に投げ付けていたと言う、実に残酷な言語に絶するもので
  あったと申します。

この卑怯で非情な返り討ちの噂は兄弟に同情を呼び、人から人へ語り継がれ貸本や、錦絵となり、歌謡となり、人々に唄われ、歌舞伎や人形芝居にも再々上演され世間に喧しく伝わりました。
人々から指弾を受け生田伝八郎は、居たたまれなくなり、二十日ほど経った十一月二十四日、故郷、郡山大和矢田の常称寺 遠城家の墓地の前で切腹して果てました。  嘗ての崇禅寺馬場に程近い大阪市東淀川区、崇禅寺の境内、旧墓地の遠城兄弟の墓は今でも香華の煙らが絶えません。(下の写真)

 

遠城兄弟の墓
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