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白居易草堂(江西省・廬山) (漢詩への誘い・季節を詠む) |
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日は高くのぼり、眠りは足りたが、起きるのはまだ大儀である。 小さな二階屋でふとんを重ねて寝ていれば、寒さの心配はない。 新築の草堂、山に雪の降る季節にも、惰眠をむさぼるのにもってこいである。 起き出すのもものういままに、遺愛寺から響いてくる鐘の音は、 頭をつけたままの枕を立てて耳を傾け、 香炉峰につもった雪景色は、寝間から手をのばし簾をはねあげて眺める。 ここ廬山こそは、名声,名誉、それをあげつらう世間の毀誉褒貶から、 逃避する場所である。 かつて陶淵明も、この山のふもとで暮らしたというではないか。 そのうえ、司馬という官、江州長官の補佐というつまらぬ役も、 老後を送るのにはふさわしい。 心は安泰、身は安寧、それこそ人間の落ちつくべく、行きつくべき所。 何も長安だけが故郷ではない。 白居易四十六才、江州(江西省)の司馬に左遷されていたときの作。香炉峰は、名山として知られる廬山、そのふもとに陶淵明が居をかまえていたことでも有名な廬山の、峰の一つである。 この居直りの詩は、白居易自身の分類によれば「閑適」の詩である。そして世間でこの種の詩だけがもてはやされることを、白居易はきらっていた。「今、僕の詩、人の愛する所の者は、悉く雑律詩と長恨歌以下に過ぎざるのみ。時の重んずる所は、僕の軽んずる所なり」というのは、友人元?に与えた手紙の一節である。「新楽符」を中心とする政治詩、社会詩をもっと評価してほしいというのであろう。 だが白居易在世中の唐代でそうであったように、わが王朝時代の宮廷でも、もてはやされたのは、このたぐいの詩であった。 『枕草子』の有名な一節に、 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語りなどして集りさぶらふに「少納言よ、香炉峰の雪いかならん」と仰せらるれば、御格子あげさせて、御簾を高くあげたれば、わらはせ給ふ。 (一海知義「漢詩一日一首」) |