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「小鍛冶」梗概 |
![]() 粟田口鍛冶町界隈 |
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この日、京都観世会館にて井上同門定期能楽会が開催され、勝部延和師による『三山』が上演されました。『三山』は観世流では廃曲となっていましたが、昭和60年12月に復曲されたものです。観能の機会もあまりなかったものですから、是非拝見したいと京都まで出向きました。そのついでに少しだけ足を延ばして、観世会館の近くにある『小鍛冶』の謡蹟探訪を実施した次第です。 |
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地「いかにや宗近勅の劔。いかにや宗近勅の劔。打つべき時節は虚空に知れり。頼めや頼め。たゞたのめ |
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《鍛冶神社》 京都市東山区粟田口鍛冶町 粟田神社内 |
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三条通に面した参道入口の社伝によりますと、この地には第5代孝昭天皇の皇子天足彦国押人命を祖とする一族が住み、鉱物を穿ち、粟や瓜を主食として住んでいたが、熱田神宮が奉祀されると、この一族は熱田の社人として移住し、土地名を残すだけとなったそうです。このように古くからこの地は鍛冶とは縁が深かったもののようです。 |
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![]() 三条通りに面した粟田神社参道入口 |
![]() 粟田神社参道 |
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![]() 鍛冶神社 |
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鍛冶神社の右手には「太刀」と題して、明治天皇の御製の歌碑が建てられています。 |
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![]() 鍛冶神社の碑 |
![]() 明治天皇御製の歌碑 |
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![]() 本殿 |
![]() ご朱印 |
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![]() 拝殿と本殿 |
![]() 能舞台 |
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《仏光寺本廟》 京都市東山区粟田口鍛冶町 |
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粟田神社の石畳の参道を下り、二の鳥居のところを東に折れて、数分ほど歩くと仏光寺本廟の山門に到着します。 |
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![]() 仏光寺山門 |
![]() 親鸞聖人廟所 |
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![]() 「三条小鍛冶宗近之古跡」の碑 |
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《合槌稲荷神社》 京都市東山区粟田口中ノ町 |
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合槌稲荷神社は、三条通を挟んで粟田神社の斜め北側の通りに面して、参道の入り口があります。民家の間の狭い小路に赤い鳥居がずらりと賑やかに並んでいます。鳥居をくぐり小路の突きあたりを左に折れた民家の突きあたりの袋小路に、これまた朱塗の小祠がありました。 |
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帝より御劔を打てとの宣旨を受けた宗近ですが、我に劣らぬ者の合槌がなくては叶わぬことと、進退ここに窮って、氏神である稲荷明神に祈誓に向かいました。そのとき天より声がかかり、稲荷明神の化身である童子が登場。宗近に力を添えて、無事二つ銘の御劔を打ち終えます。 |
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![]() 合槌稲荷明神参道 |
![]() 謡曲史跡保存会の駒札 |
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![]() 合槌稲荷明神社 |
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(平成22年2月20日・探訪) (平成22年3月14日・記録) |