サイト管理者のページ 「竹原日記」

流れている曲は「ル・ローヌ」 竹原の得意技です。(ピアノ)   トップページへ戻る

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日時
2009竹原日記  柔道をしていておもしろいなと思ったことを書いてみました。
注釈
日時
2006竹原日記  柔道をしていておもしろいなと思ったことを書いてみました。
注釈
H21.10.31(土)
竹原日記のページを変更しました。

毎日更新中の「のぶちゃん通信」から、抜粋しています。

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H21.10.23(金)

「再会」

 イベントいっぱいです。2009年岬柔道大会をはじめ、大忙しです。11月7日(土)には中学校で教育フェスタが開かれます。あーちゃんが教円幼稚園年長組みで太鼓演奏をします。スポーツ少年団では活動報告と剣道部の練習実演をします。なぜか会議にも出席しています。そういえば、この前の会議で隣に座っていたおばさん先生(怒られる!)がいました。

 1時間の会議が終了寸前にその先生の名前が判明し、「古根川先生」に再会しました。思い起こせばかれこれ20年前、中学3年生の担任の先生がその古根川先生でした。あの当時わりかし荒れていたクラスの1番真面目な生徒が自分で、学級委員もしていたような記憶もあります。

 中でも一番の思い出は先生を中心に学習発表会の準備をしている時に、なにげなく先生が弾いたピアノ演奏でした。なんというか、当時でも十分おばちゃん先生で、言動や行動、立ち振る舞いや、授業態度から想像もできないくらいすばらしい演奏でしたので、目が点になるというか、そっくりかえって後頭部を床にぶつけそうでした。(クラス全員)

 今では本格的におばちゃん先生になられていて、当時と少しもかわらん感じでお話をしました。近くにいてるので、また今度ねーという感じで別れました。教育フェスタ恐るべし。

11/29には商工会主催のいきいきフェアがあり、12月に入ると南部大会とファミリーマラソン大会(同日)があり、年が明けるとすぐに泉州地区大会があり、どれも準備係りになっているので大変です。

そういえば先生が三国ヶ丘高校出身ということが判明した時も、イスから転げ落ち、前方回転受け身をしたように記憶しております。

     

H21.9.30(水)

「特訓」

↑今回から以後

題をつける

ことにします。

 激動の1ヶ月。私事ではありますが、とても忙しかった〜。柔道の練習も半分くらいしか参加できていません。すみません。特に小学5年生の特訓には是非とも参加したいのですが、ままなりません。

 岬大会まで約50日を残してこの出来だと「出来過ぎ」です。現時点で全て(9つ)の技のおおよその格好がついていますし、1人1人を見てもよく出来ています。後は何組かでしたときに、合わせられるかどうかということですが、残りの日数もあるし、出来上がるでしょう。

 昨日、教育フェスタの会議が岬中学であり、練習の合間に出席してきました。自主財源・自主運営ということで、みんながかなり真剣に取り組まれていました。その中で自己紹介があり、「スポーツ少年団井澤本部長の代役で来ました竹原です。」と言っていると、「岬高校教頭の峯近です。」と聞こえてきて、えー!!峯近先生来てるんや!とびっくりしました。

 峯近先生といえば高校柔道の重鎮で、知らん人ないぐらい有名で、指導力にも定評があります。いろいろ話を聞いていると、これからもちょくちょくきていただけるとのことで、スポ少・中学・高校と組んで、何かのルートになればなぁと思います。

投げの形 手技

  • 浮落
  • 背負投
  • 肩車

腰技

  • 浮腰
  • 払腰
  • 釣込腰

足技

  • 送足払
  • 支釣込足
  • 内股
     
H21.9.12(土)

 竹原家の混乱も一段落し、日常の生活ができるようになりました。といいましても、満中陰が済むまでもう少しバタバタしそうです。

 もうすぐ2009年岬柔道大会が始まります。毎年11月23日に行っているこの大会は、2001年から始まっていますので、今回で9回目になります。昨年度は6年生が1人でしたので形の披露はしませんでしたが、本年は2組の選手に形をしてもらおうと思っています。

 あと、試合内容は幼年の部から始まって、小学生の部(敗者復活戦あり)とオープン戦をしようと思っています。参加は泉南さん、泉佐野さん、やまびこさん、貝塚さん、高石さん、と、うちの合計6団体です。毎回のことですが、親善試合を兼ねていますので、できるだけ多くの参加を希望しています。

 そもそもこの大会は、顧問先生が「うちの子らに試合経験を積ませろ!」というのが趣旨ですので、1試合でも多く出場できるように、頭をフル回転させて試合方法を考えて、段取りを組んでいます。また、今年から大会実行委員長に犬童先生になってもらっています。竹原はヒラ実行委員です。その他コーチ先生もフル回転ですので皆さんよろしくお願い致します。

うちの次女(京香)は練習が好きみたいで、早く練習行こうとやかましくなってきました。

岬大会では歴代5・6年生が形をしています。1番多い時で6組同時にしたこともあります。来年は5組はする予定です。そのために、今の5年生にはしっかりと覚えてもらおうと思っています。

久保先生が大会会長で、木藤先生に審判長をお願いしています。

     
H21.9.4(金)

 うぃー。いろいろなことがありまして少しバタバタしていました。8月20日に実母が亡くなって葬儀を出していました。柔道の皆さんにもたくさん参列していただきました。土日の忙しい中ありがとうございました。

 といいつつ、高石柔道さんとの合同練習を行いました。29日の午後2時にせんなん里海公園に集合してもらい、少しだけ海で泳いで、商工会主催の「スイカアート」イベントに参加し、終わってすぐ宿舎(晒旅館:深日)に移動してもらい、午後7時30分からの練習です。

 高石さんは3・4年生を中心に7名の参加で、へろへろになるまで練習していただきました。といっても、ぐったりしていたのは岬の子の方で、バシバシ投げられていました。練習終了後、高石の先生と岬の3人(久保・竹原・山口)で一席設けていただきました。

 日が変わって30日の9時から朝練が始まりました。私はバーベキューの準備で少ししか参加できませんでしたが、みんなしっかりと練習できたみたいです。そのあと海岸線に移動してお肉をいただきました。砂浜と違い、岩場の所でカニやヤドカリや海辺の生物をみたりして、(大人はビールを飲んだりして)楽しい時間を過ごせたと思います。準備や片付けに奔走していただきました岬の後援会の皆さんには感謝致します。ありがとうございました。

母は姉の所に預けていたので、大勢に影響はないのですが、少し寂しくなりました。

スイカを目の前にしてナイフで切り刻むのが危なくてヒヤヒヤしていました。

懇親会で裁判について盛り上がりました。

バーベキュー禁止の看板が・・・。木藤先生のTシャツが光り輝いていました。

     
H21.8.19(水)

 昨日久しぶりに練習に参加しました。火曜日というものの、久保先生、木藤先生、浅田先生、山口先生、田端先生と自分で6人の指導者がいました。子供たちもおおよそ20人いました。盆休み明けでしたが、みんな元気そうにしていて良かったです。

 夏休み期間中だけ練習に参加している「オダニユウセイ」がいます。住まいは富山県で、地元の柔道クラブにて練習しているのですが、夏休みは母親とこちらに帰省してきているので、岬の子と一緒に練習しています。昨年(年長)も約1ヶ月したので慣れたもので、すぐに溶け込んで和気藹々と練習できています。

 夏の間に「スポーツ少年団指導者研修会」が行われました。当団の久保先生が会長をしている会なので、久保先生が柔道の「野村豊和先生」を招いて「アスリートの少年時代の過ごし方」と言う題で約2時間の講演会をしていただきました。私の印象に深く残ったのは「最初から最後まで(原因から結果まで)自分でさせる」というところで、遊び道具で遊ぶにしても、道具から自分で作ってみよう、と言われていたのが、今の子供に欠けているところだなぁと思いました。

 あと数週間は暑いと思いますが、頑張ろうと思います。なにより腰痛から復活していますので、健康第一です。消防団の活動もひと段落し、後は高石柔道さんとの合同練習を残すのみとなりました。スポ少の大阪大会も近いし、仕事もそこそこせんとあかんし、あー皆さんご協力お願いしまーす。

尾谷君(小1)

野村先生は和歌山北高の先生で、ミュンヘンオリンピック柔道で金メダルの指導者です。

消防団で来年は機械操法の選手にと声があります。選ばれたら大変です。

     
H21.8.3(月)

 土曜日の練習に泉南市柔道のご一行様が来てくれました。残念ながら私竹原は準備体操だけの参加でした。自分的にはぜーんぶ参加したかったのですが、7時から消防団の訓練で抜けなくてはなりませんでした。

 消防団の訓練とは「規律訓練」といいます。岬町消防団の約半数が参加し、全員で同じ動きをきます。軍隊と同じです。しかしながら、消防団ですので、各々日中仕事をして帰ってきて参加しますので、みんな練習始める時にはすでに疲れています。

 7時きっかりに「集合!!」で練習が始まります。背の順に2列で横に長く並びます。私は前列の右から9番目で、全体の中央の基点になっています。(基点ですので、補欠がいなくて休めません)指揮者が「番号!!」と叫ぶと右の方から「1!」「2!」「3!」・・・・ときて「9(く)!!」と叫びます。かなり早いです。「18!」まで約6〜7秒です。

 「整列休め!!」「敬礼!!」「最敬礼!!」「右向け右!!!」「別れ!!」等、停止間にする動作と「前へ進め!!」「回れ右前へ進め!!」「右向け前へ進め!!」「組み組み右へ曲がれ!!」など、行進間にする動作と、いろいろ練習します。足が棒のようになります。もちろん汗だくです。隣の百原(もばる)君は行進間にこけて手から血を出していました。

 練習も半分が済み、8月16日の大会(岸和田市:和泉高校)までもうしばらくです。今週は柔道の練習と重ならないので、楽しみな練習を休まなくてすみそうです。

消防の練習が終了後に道場に戻ると、合同練習が終了していました。なぜか不穏な空気が流れていて、田端先生や犬童先生に理由をきいてみると、練習のしすぎでへとへとになった上に、バンバン投げられてへなへなになっているとのことでした。

できれば和気藹々と練習したかったのですが、自分が抜けて久保先生に任せてしまったので無理でした。子供たちごめんよー。

     
H21.7.27(月)

 泉佐野柔道の日根野谷先生が岬の練習に参加してくれました。倉田先生と娘さん(小3)と共に3人で出稽古です。とにかく岬側としてはいつもの練習を見てもらおうと、普通に練習を始めました。

 準備体操から岬流です。肩(腕)回しは独特です。股割りをしてだるまさんもして、3点倒立もします。手押し車はへなへなになるまでします。前方回転受け身が済むといったん始まりの礼をします。

 8時までは個別練習時間です。今回は先生が8名いてましたので、生徒2人につき1人の先生で(ほぼ家庭教師状態で)技の習得学習(実習)です。今回、なぎさちゃんは倉田先生に担当していただきました。また、中筋君と愛理ちゃんは日根野谷先生に見てもらいました。生徒の日根野谷さんは阪口君と一緒に久保先生が担当です。幼稚園組みは竹原が担当です。

 8時から少し休憩を入れ、すぐにみんなで打込みと乱取り稽古です。むしむしと暑かったけど、みんな頑張って練習についてきていました。8時25分からは、くじを引いて4つのチームに分かれて団体戦です。浅田先生・日根野谷先生、田端先生、山口先生に監督になってもらいました。久保先生と竹原が審判で、犬童先生が呼び出し係です。先鋒・中堅・大将の3人の団体戦でしたが、なかなか盛り上がりました。試合終了後、終末体操は愛理ちゃんと翔一郎が前に出て行いました。翔ちゃんの体操がおもしろいのなんの。

いつもは岬から泉佐野柔道さんに出稽古に出かけます。

色々な道場を見てきていますが、個別練習時間がある道場はあんまりないと思います。

練習後、日根野谷先生が一言で「岬の子は楽しいそうに柔道の練習をしていたわ」と言ってくれたのが印象的でした。

両先生は大人の練習にも参加してくれました。

     
H21.7.10(金)

 暑くなってきました。練習していても汗だくになるし、のども渇きます。それでも子供たちは元気に練習しています。この週末には泉南地区のスポ少の大会があり、次の週末には泉州地区の昇段審査会があり、そのうちに練習試合等があったりして、府総体中央大会へ続きます。

 今年は府総体に選手で参加することにしました。腰痛も一段落し、筋トレもペースに乗ってきたので、それなりに動けるかなと思います。土曜日の練習にもどんどん参加させてもらおうと思っています。

 この機会に自分自身のことを書いておきます。得意技は足払いと締め技です。背負い投げ、大外刈り、その他の技は見せかけです。とにかく寝技に持ち込みたい、というスタイルです。あと、相手によりますが、技の切り返し(返し技)もできます。ある程度すきを作って相手を誘い、罠にはめるのが得意です。しかし実力差があると、そのまま投げられてしまいます。

 ↓過去の日記にもありますが、完敗の時(16年9月25日分)と、3位の時(18年9月3日分)があります。次は結果を気にせず、けがをしないように頑張ってみたいと思っています。それまでに子供たちと一緒に練習したいとも思っています。

本当に暑いので、子供たちの集中力を切らさないように考えて練習メニューを組み立てています。

集中力が切れるとけがをする確率が10倍以上になります。

体操やトレーニング、チャレンジテスト、撮影会など、練習にも楽しさ(?)を取り入れてます。

     
H21.7.2(木)

祝!ホームページ開設7周年

 あれよあれよで7年経ちました。2002年から続くこのHPですが、あの頃はまだ新婚生活で、子供らもいなくて、とても身軽な時期でしたが、2003、2004、2005、2006、2007、2008と続き2009年になるにつれて仕事や家庭や商工会やその他の事業に振り回され続けていますが、この柔道が賑やかな活動ができていることに、関係者の皆様をはじめ、岬町柔道を応援してくださっている方に感謝申し上げます。

 一口で7年と言いましてもいろいろありました。1番大きな出来事は、先代指導員から、新世代の指導員へ代替わりできたことです。ある団体を続けて行くに当たって、そこが1番難しく、スポ少の中でもこんなに見事に替わったのはそうありません。次は、練習場所が淡輪道場から岬中学に替わったことでしょうか。

 この間から昔の写真を見ているのですが、小さかった子らも大きくなったなぁとつくづく感じます。淡輪駅付近の道を歩いていて、「こんにちは!」と女子高生から声をかけれて「だれやー!」とびっくりすることがあります。おお!いずみかいな。だれかわからへんぞー。自分もおっさんになるはずです。

 自分の事ですが、本日、和歌山労災病院で最後の診察をしてもらってきました。ヘルニアが95%治りました。あとは腹筋背筋を鍛えてぼちぼち治します。食べすぎにも注意します。主治医先生にも「ダイエットできていい機会やったなぁ。このままやと中性脂肪で別の病気になってたかもしれんで」と言われてきました。そのとおり健康にはくれぐれも注意しましょう。

数えてみたら「竹原日記」も55回目を迎えていました。

向井先生、佐藤先生、多賀井先生の方針で、指導員の育成にも力を入れていました。

岬町柔道には歴代女の子選手が多く在籍していました。今も多いけど。

アクセスカウンター本日で18805です。ご訪問ありがとうございました。

     
H21.6.27(土)

 この4月から月2回のペースで淡輪剣道さんと隣同士で練習しています。岬中学武道室にての話ですが、なかなかこれがいい感じです。準備体操にしても、お互いを意識して、少し声が大きくなったりします。

 淡輪剣道さんは、噂通りの厳しい練習です。小学生低学年でも容赦ありません。少し声が小さくて、動きに機敏さがなければ、先生に後ろへ突き飛ばされて「やる気あんのかぁ!腹から声出せー!」と怒鳴られていました。それを見た柔道の子供たちは「よかったー柔道で。剣道こわーい。」と胸を撫で下ろしていました。

 最初から、そもそもの狙いはそこにあったのです。以前から柔道の横が開いているので剣道さんに「一緒にしようよ、相乗効果があるでー。」と言いまくっていました。柔道の子も練習の厳しさを知ることができるし、何より指導員の先生もあれくらいの指導をしてもかまへんのやーと参考にしてもらえたらと思います。

 このところ暑くなってきて子供たちの士気が下がってきています。何とか興味を持続させる(高める)練習をしていきたいと思っています。指導員先生にも何かと無理を言いますがご協力お願いします。練習後に一杯飲みたいなぁ。

淡輪剣道さんも柔道同様古い歴史を持つ団体です。

田中先生、多賀井先生、瀬戸先生、四至本先生と声のでかい先生が揃っています。

モデルケースとして泉佐野の心明館↓の練習がありました。あんな風になれればなぁと。

ぜひ練習後に一杯できるよう企画したいです。

     
H21.6.20(土)

 昨日、泉佐野柔道スポーツ少年団さんと合同練習をしました。岬から指導員4名と団員22名の参加でした。午後8時からの練習でしたので、7時(通常の練習始まり時刻)に集合し、出発すると8時10分前には着いていました。それからみっちりと1時間練習させていただきました。

 準備体操から始まり、高学年、低学年、初心者組の3つに分かれて練習です。慣れない練習のせいか、みんな戸惑い気味。そのうちに打ち込み、乱取りが始まると本領発揮してばりばり練習していました。

 チビッコクラスは主に西坂先生の担当で、受け身、打ち込みから乱取りまで手取り足取りで指導されていました。自分自身見習わなければと思うのが、あの齢になってもチビッコと同じ視線(高さ)で、同じように前回りしたり、後ろ回りをしたり、受け身をしたり、技をかけたりしているのがすごいなぁと思いました。(以前も思ったことがあるのですが、忘れていました)

 9時に練習が済み、体操をして、整列をして、座礼をして、解散した後、高学年だけ残って練習しないかと西坂先生に声を掛けられました。「おーやろか!」と岬の子供たちに声をかけると、みんな帰り支度を済ませていて、もう外に出て車に乗っていました。なんてこった!「先生すみません。今日のところは(延長練習は)予定してませんでしたので次の機会にさせていただきます。」と言って帰りました。それなりに楽しんだ(自分だけか?)合同練習でした。

久保先生、木藤先生、山口先生(術後すぐ)と竹原で引率していきました。

泉佐野の岡本さん(女子高生)が高学年の練習を仕切ってくれていました。ああゆう仕切り役岬にも欲しいなぁ。

あさこちゃん、あーちゃん、ちいちゃん、京香でチビッコクラスも満員です。

今度は泉南さんと合同練習したいなぁと思っています。乞うご期待!

     
H21.6.12(金)

 ダイエットが順調に進んでいます。最初78kg(ここ2、3年変わりがなかった)で、本年1月にヘルニアと診断されてから、現在68kg前後ですので約10kg減りました。減らした方法は、子供らと一緒に食べていたおやつを食べなくしたのと、日頃飲むコーヒーをブラックにした事くらいです。もともと晩酌はしない方なので、お酒は宴会とかみんなが集まった時飲んでいたのですが、それだけ我慢して飲まないようにしています。

 体重が軽くなると体型も変わるようで、今までぴちぴちだった服もズボンもゆるゆるになって、ジョギングで一生懸命走ってもすぐに止まって休憩していたのが、止まらずに、飛び跳ねるように走れるようになっていました。自分でも驚き。

 ダイエットの方法で、そういえば毎日していることがあります。wiiFITです。自分の体重が毎日記録されるので、だんだん減ってくるのが楽しみになって、100g単位でダイエットを意識するようになりました。

 和歌山労災のマイオ先生から教えてもらった「腰痛体操」もかかさずするようになりました。2〜3ヶ月で完治するよと言われているので、9月6日に行われる大阪府総合体育大会柔道競技の部(通称:府総体)に出場できるようにリハビリしていきたいです。

そういえば結婚する前は70kg位だったと記憶していますが…。理想体重は64kgですので、この際、後6kg落としたいなーとも思っています。

久々に顔を合わした知り合いに「病気か?」と心配されるくらいです。説明するのも楽しいもので「お菓子食べへんかったら痩せるでー」と言っています。

練習にも100%の動きで参加したいなぁ。

     
H21.6.4(木)

 じゃじゃーん。本日私竹原伸晃は35歳になりました。ここまでお付き合いいただきました皆様方、ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。ついにアラフォー(四捨五入で40歳)になりました。気持ちは少年なのですが、少年の気持ちを持った大人を目指して、柔道の子供たちから子供経験値を吸い取っていきたいと思っています。

 先週の土曜日に、柔道場の半分を使ってスポーツ少年団の理事会を開催させていただきました。会議室以外での会議はスポ少始まって以来ではないかと思います。その日に役場の会議室が使えなかったこともありますが、狙いはスポ少の理事さん(各団の団長さん)に柔道の活動を見てもらいたかった点もあります。

 柔道の活動は(特に土曜日は)コーチ先生が多数おられ、それに伴い団員も増えており、とても活気のある練習です。そもそも(たった5年前)は向井先生、佐藤先生、多賀井先生が中心になり、久保先生と私は指導員補佐的な立場でこじんまりとしていました。そこから柳田先生が犬童先生をスカウトしたころから風向きが変わり、顧問先生が完全に引退して(練習に来なくなって)からは、次々とコーチ先生が参加してくれて、スポ少の中でも伸び率(団員増加率)NO.1をいただくまでとなりました。

 会議の議題はスポーツフェスティバルの件、団員登録の件、スポ少新聞や、マリン体験の件などありましたが、練習風景が気になっていた方も多数おられました。会議終了後柔道の練習について何人かに感想を聞いてみると「賑やかにやってんなー」とか「ここの道場ええなぁ」とか「黒帯の先生強そう」とか言っていただきました。

 スポ少の方はみんなボランティアの方ばかりです。古い方も新しい方もおられますが、目指す所はみんな一緒で「青少年の健全育成」です。このように集まって、あーやこーや、あーでもないこーでもないと議論しています。

腰痛のおかげでダイエットもできたし、ジョギングもできるようになったし、後はヘルニアを完治して試合にでれるようにがんばります。あと3年後に3段を目指していますので。

スポ少では理事長という役です。理事会は理事長が開きます。会議の進行役です。打ち合わせに事務局(役場:教育委員会)と本部長の店(井澤商店:多奈川)にしょっちゅう出向いています。

現在も団員募集中です。みんなで楽しく練習しましょう。

     
H21.5.30(土)

 あぁーまた永らくお休みさせていただいていました。昨年末は2008年柔道大会とみさきファミリーマラソンと商工会いきいきフェアーに忙しく飛び回っていましたので、その後は腰痛が悪化し、右足が激痛になり、和歌山労災病院に通院するという生活になってしまいました。ようよう80%位治りましたので柔道の練習も激しくない程度で参加できるようになりました。

 更新を休んでいた間の岬柔道の話題を書いてみます。

  • 久保先生が4段、山口先生が3段になられました。おめでとうございます。
  • コーチ先生が多数練習に参加し、賑やかな練習風景になりました。
  • 練習は全て岬中学校武道場にて行うようになりました。
  • 野間大河君が卒団しました。進級を祝う会も盛大に行われました。
  • 泉佐野市民大会で多数入賞しました。幼年の部で綾乃が金メダルでした。
  • 長松海岸(淡輪)に岬大会の絵を描いた。
  • 旧柔道場(町民体育館前)の掃除及び片付けをした。

 自分自身の近況も書いておきます。

  • 次女(京香)も練習に参加。
  • 腰痛のリハビリのためダイエット敢行。現在−8kg。ジョギングも始める。
  • 商工会青年部の副部長に就任。商工会親会では監事という役。
  • パソコンが調子悪なり、買い替えた。(DELLです)

 HPの更新が趣味ですので、これからはどんどん書き込みしていきたいです。

2008岬大会では、当日抽選で組み合わせ&敗者復活戦で好評をいただきました。

腰痛、右足痛の診断では「ヘルニア」という病名をいただきました。「神経ブロック注射」も4回打ちました。

とにかくコーチ陣が自慢です。田端先生は竹刀を持っていつも怒っています。

その他の役職はスポ少は理事長、消防は団員、体協は常任理事、自動車組合では役員、淡輪10区では書記です。

     

 

日時
2008竹原日記  柔道をしていておもしろいなと思ったことを書いてみました。
注釈
日時
2006竹原日記  柔道をしていておもしろいなと思ったことを書いてみました。
注釈
H20.11.8(土)

 本日「教育フェスタ」に参加しました。柔道の出番が決まってから約2週間で、なんとかなんとか、公衆で見てもらえるようなものになりました。それなりに、みんな緊張していたみたいで、ピリッとした雰囲気で出来たのもよかったと思います。

 次は、『2008年岬柔道大会』です。毎年11月23日に開催しているこの大会も本年で8回目を迎えます。試合方法など、私(竹原)が勝手に決めて、それなりに喜んで帰ってもらっています。本年は新しい取り組みで「敗者復活戦」を取り入れようと思っています。また、出来るかどうか不明ですが、対戦相手を決める抽選を当日決めようとも思っています。

 そこで、重要となるのが、試合運行上のお手伝いさんの確保です。毎年、スポ少OBを呼んで、手伝ってもらっています。後援会さんも獅子奮迅の活躍です。子供たちには試合で1つでも多くメダルをもらえるように、頑張ってもらいたいです。

 試合が終われば今度は12月7日のファミリーマラソン&いきいきフェアが控えています。何かと忙しいこの頃ではありますが、それなりに力を配分してがんばっていこうとも思っています。

久保先生、木藤先生、田端先生、犬童先生ご苦労様でした。ヒロシ君も最年長者で頑張ってくれました。

本年入団の多奈川の木曽君秋田君西田君が最近特に伸びて(成長して)いるように思います。

年明けの「海に吼えろ」は犬童先生に任せました。よろしくお願い致します。

     
H20.10.9(木)

 今日は「スポーツ少年団」という組織について私の見方を書いてみます。現在スポ少の一番トップは多奈川剣道の井澤さんで役職は本部長となります。副本部長が3人いてそのうち1人が柔道の久保先生です。役員は各団から1名ずつの理事さんが代表で出てきていて、その理事の代表が理事長で現在私です。(以前はサッカーの河野さんでした)

 理事長として理事会では必ず進行役の議長みたいな仕事をします。また理事長一任といった案件もあったりします。また、私はスポ少ホームページも管理していますので、スポ少うんぬん、また体育協会などの情報も入ってきますので、結構、生涯教育課に入り浸っています。

 一方、スポ少の理事さんや指導員の方は個性派揃いの多様な方がいます。やはり、それぞれの団でメリットがあるからスポ少に入っている訳で、何かのメリットと言って一番大きいのは、活動場所の確保、次に団員集め、といったとこでしょう。そこでやはりスポ少ならでではの団員募集PR作戦というのを考えています。井澤本部長も強烈に後押ししてくれています。

 ソフト(3団)、野球(2団)、剣道(2団)、柔道、バレーボール、サッカー、少林寺拳法、ラグビー、ボクシング、バドミントン、とにかく活動を団レベルで活発にしたいです。そして、子供たちが、いろいろな活動を通して経験値を増やしていってもらったらなあと思っています。わが子もゆくゆくは入団する予定です。そんなときに、さみしい団体ではかわいそうじゃないですか。もっともっと盛り上げていきましょう。

自分はどちらかというと新米ですが、ずばずば発言するので、大御所の皆様ごめんなさい。

なんと今年は岬中学で開催予定の「教育フェスタ」にスポ少として初めて舞台に立つかもしれません。公式に発表ありましたら追って連絡します。

役員の中に港ロイヤルズの片岡さんがいますが、教円幼稚園つながりの知り合いです。

     
H20.9.12(金)

 長〜い、長〜い8月が終わりました。夏休み中でしたので、イベントをいっぱい入れました。まずは、泉佐野のやまびこ柔道さんと合同練習しました。場所はやまびこさんがいつも練習している佐野中の道場で、岬から低学年中心に10数名行きました。岬の子としましては、慣れない準備運動に戸惑い、めいいっぱいする練習にヘロヘロになり、最後には練習試合でたたきのめされて、100%疲れて帰りました。たまにはこういうのも経験で、通常の練習とは違った何かを感じとってくれたと思います。

 次に、子供&保護者&指導員&顧問先生による懇親会「夕涼み会」をしました。初めての取り組みでしたが、練習では見れないみんなの姿が見れてよかったと思います。顧問先生も岬柔道が賑わっていると感じてくれて、喜んでくれました。また、犬童先生にお酒が入り、とても大変なことにもなりました。団員&保護者の皆様、ごめんなさいねー。

 次に通常練習の合間に北京オリンピックをテレビ観戦しました。ちょうどその日は女子52キロ級で谷本さんが金メダルを獲った日で、とても盛り上がりました。

 次に高石柔道さんが淡輪道場にて合同練習をしました。佐藤先生と7名の参加で、とてもよい練習になりました。午後からは子供たちが3班に分かれて淡輪村オリエンテーリングをしました。あらかじめ自分と綾乃でポイントを設定していました。地図を見て、目標を目指し、ポイントを回って、あるキーワードを見つけました。答えは「がんばれニッポン」でした。みんな暑い中よく歩き回ったよー。

 最後は、これは先生だけの話ですが、大阪府総合体育大会(通称:府総体)に参加しました。有段者は昇段時に必要なポイントをくれる公認試合でしたので、気合が入っていたのですが、惜しい所でみんな負けてしまい、唯一久保先生が1勝しました。これで、長い長い8月が終わりました。

いろいろな経験をして、どこへ行っても動じない子供になってもらいたいです。

顧問先生は久々に道場に来たためかお客さんになってました。昔は恐かったのになぁ。

オリンピックの柔道は「JUDO」で自分たちの「柔道」とは少し違うような気がします。その辺は次回特集します。

犬童先生田端先生山口先生嶽先生久保先生お疲れ様。自分は審判でした。

     
H20.7.28(月)

 今月は簡単に指導員紹介をしてみようと思います。まずは久保先生。通称「りょうちゃん」で通っています。酒屋(ガス屋?クリーニング屋?)の跡継ぎ。根っからのスポーツ好き。真面目過ぎ、な所がいいところです。現、岬町指導者協議会の会長。昭和40年生まれ。妻、長女の3人家族。

 木藤先生。おやじさんは、初代木藤先生。親子で体落としの名人。警察官。自分(竹原)が知る限りでは奥さんと、娘2人だったような。次に犬童先生。息子(拓也)が小学低学年から6年生で卒業するまで父母の後援会として参加。柳田(ベコ先生)に誘われて柔道に目覚める。高校時代に柔道の経験があり、何としても黒帯になりたいという事で猛練習し、初段合格。晴れて黒帯に。現、大人の部の全てを取り仕切ってもらってます。

 田端先生。竹原より1つ年下。孝子出身。昔からあの体型。親子で大食漢。厳しさの中に愛情あり。阪南市在住。淡輪柔道→岬中と竹原と同じ先生に習う。次は山口先生。竹原と同学年。豊中市出身。豊中の道場でかなり仕込まれていたみたい。あの体で背負い投げができるとは。得意は足技。かなりタフ。試合でも、疲れてから本領発揮します。

 前川先生。犬童先生と職場が同じで誘われて岬まで来てくれています。河内長野在住。片道2時間すげー。3段。体の使い方には勉強させられることが多いです。次に嶽(タケ)先生。犬童先生の通っている整骨院の先生。和歌山出身。子供たちの中で一番人気。(子供たちだけでなく後援会さんからも一番人気?)

 竹原潤先生、柳田先生、西田先生(大阪府警)は同級生。27〜28才位かな。他に黒川先生や茂野先生も機会があったら来てくれます。現在お休み中の相川先生や久保修一先生、東村先生にもまた練習に参加してもらいたいものです。

岬町柔道の顧問先生(佐藤先生、向井先生、多賀井先生)は現在も元気にしています。先日、泉州柔道連盟の昇段審査会に、指導者として参加してくれていました。また、現在のように日頃の練習から引退できたことを喜んでくれています。でも何かの時にはとても気になるようで、その都度自分が出向いて報告させていただいています。

淡輪道場の老朽化の為、撤去を考えています。慣れ親しんだ道場ですが安全が最優先ということで行政と打ち合わせしています。

     
H20.6.21(土)

 柔道の練習風景(土曜日)を綴ってみようとおもいます。練習は7時過ぎから始まります。みんながある程度集まるまで、道場の中をくるくる走りまわります。その後、準備体操が始まります。(自分の気分で)子どもたちを並べてから、ジャンプから屈伸、伸脚、アキレスケン、前後屈、肩回し、腰回し、膝回し、手首回し、首回しをして握力をつけるために『グッパー』をして、座って、足首回し、柔軟運動、体ひねり、股割りをし、後方受け身、横受け身、前伏せ受け身、をして前方回転受け身をします。

 『地獄トレーニング』と呼ばれる運動を間に挟む時があります。文字通りかなりしんどいです。腕立て、腹筋、だるまさん、は楽なほう。ダッシュ走り、這い這い、手押し車、前転、エビ、なんかが入ると死にそうになります。ここまでの準備運動でみんなへろへろです。

 7時40分位から、コーチ先生1名に付き4人ぐらいの個別指導に入ります。誰がどの先生に当たるかは、その時の雰囲気です。子どもたちの目をみていると『やったるぞー!』と感じられる者には高段者の先生、『練習しんどいなー』という顔をしている者には怖い先生、『今日はどうなるんやろ?』という風な目をしているものには、残りの先生です。自分は園児をみています。

 8時20分位から全体乱取り稽古に入ります。始めは先生にどんどんかかって行く練習です。その後、同じ学年や、同じぐらいの体格の者と闘います。大きな子が園児を見てくれるときもあります。そのうち終了し、終末運動をして、全体で座礼(黙想)をし、ファイルに今日の練習内容や気持ちを記入して練習が終了になります。ふーーっつ。

この準備運動の順番はH12年に自分が指導員になってからほとんどかわっていません。

先生がいっぱいいてるので、子どもたちはサボれません。

初心者の子は、1回目はほとんど見学、2〜4回目は受け身、5回目位からは、みんなとほとんど同じ内容で練習します。

子ども達が帰ると大人の練習になります。

     
H20.5.28(水)

 昨日の練習は久々に賑やかなものでした。ここ5年ぐらいは団員が減少傾向で、それこそこのHPを開設した頃(H14年7月)は団員が40名位いたのが今年のお正月には13人でした。そこから何が原因かわかりませんが、この春にドドーンと増えて、なにより嬉しいかぎりです。

 入部した子の中で、西田君という子がいます。小学2年生ですが、父親が自分と同級生で柔道部で練習した仲間です。中学卒業後、約18年会ったこともなかったのですが、何かの縁でその子どもを指導するようになりました。齢を感じるわ〜。

 柔道から派遣されているスポーツ少年団の本部事業も忙しくなってきました。本年はホームページ事業に加えて、スポ少新聞の発行(年4回予定)ということで、理事長という立場もあり、精一杯協力させていただいています。本部長の井澤さんと書記の山根さんがとても意欲的な方なので、どんどん前に進むような感じがします。

 また、自分自身、冬の『みさきファミリーマラソン』について1つ提案があります。まだ詳しくは言えませんが、概要で言いますと、他団体のイベントとのコラボレーションです。伝統のある行事を盛り上げようと、水面下で調整していますので成功した暁には喜んでやってください。乞うご期待です。

 多奈川地区から6人、深日から2人、淡輪から2人増えています。幼年が多いので、ざわざわした練習になっています。(いい感じですよ)

 当時岬中柔道部は同級生だけで20人位いたと思います。たぶんですが柔道を続けているのは自分だけではないかと思います。

     
H20.5.2(金)

 ↓前回HPを更新してから1年数ヶ月、冬眠していました。アドレスも新しくし、心機一転頑張りますので今回もご愛顧の程よろしくお願い致します。

 実際は、パソコンの調子が今一つだったのと、会社の方が少々忙しかったのと、柔道で激変が起きたのとか理由がありますが、一番の理由は次女にあります。只今2歳3ヶ月ですが、おしゃべりこの上ない。この子の面倒を看るというよりは、長女の方を看るのが大変で、パソコンどころではなくなっていました。

 長らく更新していませんでしたので、箇条書き形式にてまとめてみました。

  •  顧問先生の引退(日頃の練習には来ない事が決定!)
  •  2006年、2007年岬大会の成功
  •  コーチ陣が充実し、びっくりするような練習になる。
  •  電気代・水道代・武道場使用料が発生した。
  •  土曜日の練習にちびっこ達がぞろぞろ。
  •  門前なぎさちゃんが活躍!
  •  2007夏季合同練習後のハイキングで山の中で道に迷う  等々

 とにかく、練習風景が激変です。

現在部員は初心者が大勢います。昨年入部が5名、本年度も約5名、幼児の部ではマナちゃん、ショーちゃんアヤノ、チーちゃんらぞろぞろと。とにかく練習が大変です。犬童先生、山口先生が大活躍です。

顧問先生には泉州柔道連盟の方は残っていただきました。若造ばかりでは対外的に辛いところもありますので、その時はよろしくお願いします。あと、岬の大会にもよろしくです。

     

 

2006竹原日記  柔道をしていておもしろいなと思ったことを書いてみました。
 
日時
 
注釈

H18.9.3(日)

 

**府総体で3位入賞しました。(自分)**

 おーめっちゃラッキー!運以外のなにものでもありません。この前の昇段試合からこっち背中の状態が悪く、ひとつも練習せずに臨んだ試合でしたが、一生に一度あるかないかの運と、思いがけない「左の払い巻き込み」という技で岬町に点数を持って帰ることができました。

 そもそもの目的は、「参加することに意義がある」ということで、今年は竹原潤君と相川君が初段の部で出るのに審判か監督かでついていこうと思っていると、2段の木戸君や西田君や柳田君が都合が悪いといったので、しぶしぶ申し込んだ大会でした。

 1回戦、2回戦と不戦勝で次勝てば3位といった所から始まりました。相手は松原市の米田君、試合の序盤は喧嘩四つで押し込まれていて、場外注意まで受けてとても劣勢でした。その後(試合時間残り2分位の時に)その左の払い巻き込みという技がでたのですが、よく覚えていません。2人とも転がったので、本当に自分が1本とったのかわからなくて副審(衛平先生)に聞き返したほどです。

 家に帰って賞状を妻にみせると開口一番「何かせこいことやったやろ!それか不戦勝?」やって。当たらずしも遠からずですが、今回3回勝ってきたとしか言ってないのでそれなりに見直してくれてると思うのですが、こちらには死ぬまで勝てそうにありません。トホホ…。

府総体中央大会3位以上の成績は体育協会40周年記念誌に載せる予定ですので、これはすごいことです。

泉佐野・泉南・岬で入賞したのは自分だけです。うれしー!

松原市に竹原君というのがいて今回自分と同じ3位入賞していました。

↓平成16年9月25日の日記を参考にして下さい。

     
H18.8.28(日)

 桃の木台(阪南スカイタウン)から4人ほど練習に参加してもらっています。阪南市には柔道を教えるところがないので、わざわざ岬の果てまで送り迎えの練習です。そもそもはこのホームページを見ていただいて、参加してくれたとのこと、とてもありがたいです。年に1、2度くらいは桃の木台のどこかの会場を借りて柔道の練習ができればなぁと考えています。

 5年ほど前までは週3回淡輪道場にて練習をしていました。現在は週に1回は淡輪道場、もう1回は岬中学校と合計週2回の練習になっています。淡輪道場の建物のことですが、かなり老朽化していて(旧多奈川小学校の理科室のプレハブを移転と聞いています)現在の所で約30年の歴史があります。柱が根元で朽ちてきています。

 この道場は町の施設なので町行政に建て替えを依頼したらいいはなしですが、財政状況がこのようなのでとても無理です。多賀井先生の目の黒いうちにどうにかどこぞに専用道場を確保してもらえないか聞いてもらう事にします。自分としましては、週1回は中学校でしているので、最悪中学校で週2回でもいいのですが、できれば淡輪小学校の1部屋を分けていただきたいです。

 自分の娘が来年の春ごろから柔道をする予定ですので、その頃になると自分の家庭も落ち着いてくるので、そこから先、どのように練習すればよいか(どのようにすれば子供たちが来やすいか)、いろいろと考えてみようと思います。

伊藤さん、前田君、長尾さん、根来さんです。できるだけ練習に来てね。

今の状態では震度5くらいで倒壊のおそれがあるようなないような。何かがあってからでは遅いので至急対応してもらいたいです。

あーちゃん、やるきまんまんです。現在1日30分トランポリンでバランス感覚の特訓をしています。親がへとへとやわ。

     
H18.7.23(日)

 今月2回目の更新になります。実は今日泉州柔道連盟の昇段審査会というのが岸和田の体育館でありました。岬からは大人の部の犬童さん、高校生の波元君と川村君がでました。そう、自分(竹原)も3段受験で出ました。犬童さんはなんとか合格、川村君も合格、波元君は1点足らず不合格。まあまあの結果です。犬童さんにいたっては1年越しの結果ですので、さぞ嬉しいと思います。

 そういえば自分の成績ですが、勝ち抜き紅白戦で、しょっぱなから負けました。おしい所まで追い込んだのですが、執念の差で負けてしまいました。ということで、丸々5分間闘って足は擦り傷&打ち身で明日動くんかいなと心配です。左手上腕部も違和感があります。でも痛いとは言ってられません。奥方に子守ほったらかして試合に行かせてもらったんですから。

 とにかく約6時間会場にいたのですが、この世界に入ってそこそこ長くなってきたので知り合いがとても多かったです。泉南&泉佐野の先生方、父兄、岸和田高校の皆さん(H17.12.22日記参照)、約30人位とおしゃべりしたような気がします。自分の試合は最後の方だったので、あれやこれやと話してました。そういえば、今年も岸和田高校へ練習に行かせてもらうことを約束してきました!

 岬柔道にママ部ができたんよ。という話をしましたら、「お!やってんねんてなー!」と泉南の藤原さんが知ってました。HPを見たそうです。「そらえーなー、子供らも気合入るやろなー」という意見が大半でした。「黒帯とってもらいよ」という意見もありました。「そこまではーこらえて。」といっておきました。とにかく、いいことらしいので頑張って続けていきたいと思います。

波元は次回の試合で取れるように練習してもらいます。覚悟しとくように。

試合から帰ると、岸和田まで買い物に連れて行かされ、今まで行ってたちゅーねん。と心の中でつぶやいてました。(本日2往復)

尾崎中学校の貴志先生は岸高の出身で、高校時代無茶無茶強かったのを覚えています。

次回8月5日開催です。全員参加でお願い致します。

     

H18.7.9(日)

 

 長らく更新できてませんですみません。日頃の生活習慣が次女の誕生により今まで通りにいかないと言いますか、とりあえず早く寝る習慣がついてしまって、夜中の更新作業がおろそかになってしまいました。今後もご迷惑をかけるかもしれませんが、お付き合いのほどお願い致します。

 前置きはこれぐらいにして、昨日岬町柔道始まって以来の出来事がありました。最近(昨年度)から柔道協会という名目で大人の柔道部が発足しましたが、今回は子供たちを引率してきているお母様方による活動 『岬町柔道ママ部』 が発足致しました。第1回目の練習をしましたが、みんな思ったより体が動いて「さすが!」と思う場面が何度もありました。短い方で数ヶ月、長い方で約5年、子供たちの練習を見守ってくれていただけのことはあります。

 以前ほど部員が多くなく活気がないような柔道部ですが、この日の柔道はとても盛り上がりました。特に母子対決は最高でした。浜野さん、野間さん、上野さん、ご苦労様でした。後からの話ですが、そのうちの1人の子が、こそっと自分の所へ来て「先生こんな試合したらあかんわー。ますますおかーんに逆らわれへんようになってしまうやん!」ごもっとも。

 もうすぐ夏季合宿があります。団としては3年ぶりの宿泊行事です。そんなこともあったなーと、いい思い出になります。できるだけ写真にとって記録にも載せて生きたいと思っています。

長女が頭角を表してきました。あと1年くらいで柔道に連れてこれるかなーと思います。

ママ部の部員を募集中です。道衣はこちらでご用意致します。お誘いの上ご参加願います。

ママの華麗なる投げ技で「1本!」もありました。子供達まだまだあかんなー。

楽しく行きましょう。

     

H18.3.28(火)

 

 久々の日記(月記)になってしまいました。毎月楽しみにされている方には長らくお待たせいたしました。言い訳になりますが、いろいろなことがありすぎです。昨年末からどたばたな3ヶ月でした。

 まず初めに、1月末に私の家に次女が誕生いたしました。名前は「京香」と申します。長女「綾乃」と同様、お見知りおきよろしくお願い致します。ていうか、長女の時と全然違って、父親の役目は大変です。なにしろ、母親は主に次女の面倒をみるので、あばれまわる長女の子守の役は父親です。通っている託児所も少し遠いし(泉南市やけど)送り迎えに加え、少し情緒不安定なところもあったりして、(未だおむつもしているし)親も子もへたばっていました。

 そんな訳で、柔道も1月位休ませてもらおうかなーと思った矢先、多賀井先生から「おい、良一(久保先生)怪我したんきいてるか?」と連絡が入り(2/12やったかな、確か商工会日曜市の日や)、よくよく情報を収集してみると、どうも上腕の骨をポキッとおってしもたらしい。1週間入院して出てきたらケロッとしてるけど、そんな体になってるのに笑って怪我した状況をみんなに説明せんでもいいのに・・・。トホホ・・・。

 ほんでもってスポ少の総会があり、会計の役として会計報告をして、次回は新本部長(井澤晃さん)のもとで書記(IT担当:HP作成係り)としてがんばることになりました。ま、もともとホームページの更新は趣味ですので、もうひとつの趣味(大人と大人の会話をすること)も兼ねてあちこちに取材活動に行かせてもらおうと考えています。

 一昨日、高石の大会に行ってきました。岬の子も、ある程度の緊張を経験し、今回負けた悔しさをばねにして練習に励んでもらったらと思います。大会で私は審判をしていました。5年生の主審を務めていましたが、一番すげー!と思ったのは泉南の小坂君の左の大外狩りでした。決勝戦でこそ負けましたが、そこへ行くまで4連続1本勝ちでした。あまりにきれいに決まったので、1本と叫んで左手を天井に向かって伸ばしながら、ぐるっと1回転してました。(それほど見事やったわ。)

 気になる事件がまだあります。当、岬柔道の最年長顧問である向井先生が怪我をされて入院中です。歳が歳だけに治るのにも時間がかかるとは思われますが、一刻も早く回復されるよう、早く柔道に復帰していただけるよう願っています。(後援会、団員も同じ気持ちです)    となわけで、ばたばたな3ヶ月を過ごしていました。これからも岬町柔道をよろしくお願い致します。

泉佐野市民病院のお弁当を何個食べたことか。さすがに節分の太巻きは買ったけど食べられへんかったなー。

18年度も商工会はも日曜市を継続していくことになりました。基本的に毎月第2日曜日ということになってます。

スポ少の会計はもうこりごりです。イレギュラーなことも多いし、書記に変われてよかったーと思う今日この頃です。

高石大会は人がいっぱいでした。今年は三林の道場が来てましたな。

元から悪い膝がさらに悪化したらしい。リハビリ頑張ってー!

     

 

2005竹原日記  柔道をしていておもしろいなと思ったことを書いてみました。
 
日時
 
注釈

H17.12.22(木)

 

 10年来の念願である岸和田高校へ柔道の練習でおじゃましました。なんといっても溝先生のご好意で実現しました。ま、もともと我が母校なのですが、柔道部に在籍していた訳ではないので、今まで疎遠でした。今回をきっかけに来年も1度おじゃましたいとおもっています。

 お兄さんが3人、お姉さんが8人、その内怪我で見学3人でしたので実質8人と溝先生、若林先生、竹原が入って子供が7人と合計18人の練習になりました。最初の頃は少し緊張気味でした。そのうち、緊張が解ける前に体力的にへばってきました。いったん休憩し、再開後の乱取り稽古のときには、すっかり打ち解けてとてもいい雰囲気でした。

 当日を振り返ると、淡輪駅に12時に集合し、切符を買って蛸地蔵駅まで普通電車に乗り、駅を出て歩いて岸和田城のお堀をまわり、二の丸公園で猿とたわむれ、城門をくぐって天守閣へ上り、上で騒いで降りてきて、反対側のお堀際を歩く時には、皆が腹が痛い、足が痛い、もう帰ろうと泣き言を言い出す始末でした。

 それが帰りになると、「今日はこけてない!」「楽しかった!」「3回勝った!」「今度いつくるの?」と、意気揚々。あー、お兄さん、お姉さん、だいぶんと気を使ってくれていたんだなー。と恐縮至極。今度会ったときにお礼を言うようにします。で、帰り道に駅前のたこ焼き屋(4年ほど前からあるらしい)でたこ焼きを購入。焼きあがっていた分を買占めたので、1300円の所を1000円にしてくれました。8人で駅の下り側ホームのベンチで食べました。けっこうおいしかったよー。

参加メンバー

  • 平岡郁実
  • 花藤愛理
  • 岩本浩希
  • 奥野翔平
  • 柴崎良太
  • 浜野篤志
  • 竹原昂佑

高校生は皆、中学での経験者がないらしく、でもほとんどの部員が黒帯をまいてました。えらいもんやなー。

次の日の筋肉痛けっこうつらかったよー。

     
H17.11.30(水)

 2005年岬柔道大会が終了しました。全体的に65点位の出来でした。4人組のリーグ戦で行われた試合は、全員が3試合ずつ(中には2試合の子もいましたが)しました。3回勝った子、2回勝った子、1回しか勝てなかった子、1回も勝てずに3回とも負けた子もありましたが、それぞれ課題を持って帰っていただけたと思います。

 反省点は、試合の組み合わせ時の時間をとりすぎて試合開始が遅くなったこと、出場選手が後から来たら参加できなかったこと、学年が上の相手とあたって3回負けたこと、初心者と経験者が同じリーグに入ったこと、等々いろいろありました。考えられる出来事をシュミレーションしていてもこのように反省点ばかり出て来ました。

 試合が終わって1週間ほどたった晩に泉佐野柔道の西阪先生からお電話をいただきました。「いろいろ反省点もあったと思うけど、大変良い大会でした。なにより父兄も喜んでいる方も多い。人からいろいろ言われるかもしれんが、来年もこのような大会を催して欲しい。というか、泉佐野の市民大会はこのようなリーグ戦方式を使わせてもらうかもしれんで。」なんと嬉しいことか。

 自分自身子供の頃は小柄だったこともあり、試合に行っては負け、行っては負け、泣いて帰って、また泣いたんかと言われ、中学2年になるまで「試合=嫌い」だった自分の経験があるからこそ、できた岬大会でした。来年は、今年の反省があるのでパワーアップした岬大会ができるでしょう。乞うご期待!

大会には多数のご来賓がきていただけました。中でも、新岬町長の石田さんもきてくれました。

中学生のお手伝いもフル稼働でした。アリガトウ!木藤・亮二・和泉・裕子・宝谷未来・咲乃・雑賀未来・輝美、本当に助かった!

大人では犬童さんに大会の司会、柳田に審判をしてもらいました。

     
H17.10.7(金)

 最近、多賀井先生の所によく出向きます。仕事上の話は1%位で役場・町政の話が12%商工会14%スポ少関係23%位の割で意見交換をするのですが、何といっても柔道の話題が50%を占めます。最近の話題は「2005年岬柔道大会」についてです。

 今年は当団の生徒も少ないので開催が危ぶまれましたが、町制50周年記念事業と冠をつけると、いくばくかの助成金が町から支給されるとのこと、早速申請し、内定をいただいているので、どうしても開催する方向で進めることになりました。

 頭を悩ますのは「大会の趣旨」です。この大会が始まった当時(5年前の2001年大会時)には団員があふれるほど多くて、試合に出る機会がない子にもチャンスを与えるというのが当初の趣旨でした。ところが、現在の様子は以前と異なります。人数も少なく、よその子に比べて体も小さく、みんなが1回戦で負けて自信をなくすような大会でしたらしないほうがましです。(心の狭い意見かもしれませんが当然のことです)

 頭をひねって、ひねって、名案が浮かびました。少々試合当日に手間がかかるかもしれませんが、準備は楽だし、現在風の趣旨(1回でも勝たせてあげよう)にあった大会ができるとおもいます。もし大会が成功したら、来年もこの方式でしてみたいとおもっています。

多賀井先生が会長をしているライオンズクラブに入れと言われていますが、無理です。まだまだ修行が足りません。あしからずご了承下さい。

2005岬大会については、各団の先生方に全面的に協力してもなわらければいけません。また、運営係の当団OBさんを大募集しています。よろしくお願いします。

     
H17.9.20(火)

 昨日、朝5時半起床、6時20分淡輪駅集合で大阪府スポーツ少年団の試合で守口市の体育館へ行ってきました。電車に乗って行った5人と先生2人で合計7人の一行でした。小学生低学年の子供は電車を乗る機会なんてあるはずもなく、試合でこうして乗って行くのもたまにはいいなあと思いました。

 現地に着いて大会パンフレットを見てみると、午前中に団体戦、午後から個人戦となってました。当団の子は個人戦のみですので、長い間待たされました。先生は2人共審判をしていたので、その間どうして遊んでいたのか解らないけど、ケンカしてなっかたので、まあよしとしましょう。

 大会の内容では守口東部の独断場です。野遠さんや、米田さん、池田の明武館さんを破って、AチームとBチームで決勝戦をしていました。午後からの個人戦では、1年生の竹原君が2回勝って(見てなかったんだなこれが)奥野君も勝って(これも見てなんだー)川島君も勝った(久保先生が審判してたから?)ので合計4勝しました。

 試合前に約束していたアイスを帰りの道でたべました。(5人で3勝以上ということで約束)帰りの電車は久保先生と川島がペアで、残りのみんなでゲームをしながら帰ってきました。そしたら、向いに座っているサラリーマン風のおじさんが手遊びを教えてくれました。それなりに楽しんだ1日(約10時間)でした。

集合場所に最後に現れたのは久保先生でした。現地に着いたら8時ちょうど。早!

やまびこさんは観光バスで現地に入ってましたー。スゲー。

青木上野の両選手は惜しいところでもう一歩といった所でしょうか。

伝言ゲーム、しりとり、背中に字書くのをしました。

     
H17.8.3(水)

 娘(もうすぐ2歳)の話をします。道場では怒ってばっかりの竹原も、娘の前ではメロメロです。ハイハイをするようになった頃から頭角を表し、妻に似て負けん気人一倍なこの子は、結構柔道が強そうです。

 月水金と柔道の練習があるので晩は夕食を一緒に食べるくらいですが、火曜日はピアッツアで水泳、木曜日はショッピングセンターで走り回る、土曜日は佐野のおばあちゃんの所へ遊びに行く、日曜日はその他いろいろ、というふうに週間予定ができています。

 なかでも、水泳は大好きです。小さい方のプールはもちろん、大プールのファミリーコースも浮き輪を腕に着けて泳ぎます。かなり喜びます。大声で喜ぶので目立ちます。みんなが「この子えらいねぇー」と言ってくれます。顔が半分沈みながらバイバイをします。プールから出たがりません。

 アンパンマンのDVDを入手したので、一緒に見ます。オープニングテーマは手をたたいている位ですが、「サンサンたいそう」になると一緒に体操をしないと怒ってきます。だからいつでも「1 2 3! 1 2 3! 1 ・ 2 ・ 3 !!」 とうさこさんと一緒に踊って(?)います。

←親ってそんなもんなんやなー。自分家の子が1番だと思う。

最近から月水金の日中に保育園にいくようになりました。

小プールの滑り台で頭を打ったことがあるので、近寄りません。

少々飽きてきたかも

     
H17.7.8(金)

 スポ少の記念式典が終了しました。先月も述べたように壇上でしゃべってきました。約200人位でしたか、壇上から客席の様子がよくわかったので、あまり緊張せずに話せました。ある人には「竹原のがいちばんよかった!」また別の人には「竹原落語できるんちゃうか?」またある人には「長かったよー。時間押してるのに」と言われました。

 内容は年末に発刊される「30周年記念誌」にも載る予定ですので、聞き逃した方は期待しておいてください。それより、この式典&懇親会にて一番良かったことは、今まで自分が知らなかった方から話しかけてくれたことです。やっぱ、目立たな損!です。

 まずは書道家吉川さん、青少年指導員の志水さん、淡輪剣友会の多賀井さん、商工会青年部長の平井さん、岬ラグビーの由良さんなど、今まで話をしたことがなかった方とも知り合いになれました。なかでも由良さんと話をしていると、このHPのことが話題になり、また、柔道&ラグビー経験者の話題もあって結構盛りあがりました。

 懇親会も終わり、解散になった時点で向井先生の様子が変でした。なんとか階段の途中まで辿り着いたけど、それ以上はよろけて上がれません。自分と泉佐野の西阪先生とで両脇を抱えて運んで帰りました。西阪先生も自分も賑やかな場を逃れたので、2次会に行かずにすみ、とてもラッキーでした。

いろんなハプニングがありましたが、何とか直前で回避できました。

一緒に出たキングホークスの堂上君も、なかなかの者でした。よく頑張ったよー。

家に帰って風呂に入って「義経」を見て、10時には寝ました。

     
H17.6.10(金)

 団活動の指導者の役割についてまとめてみたいと思います。自分ぐらいの歳になると、小学生からは「おっちゃん!」と呼ばれるのが普通です。しかし、柔道の指導員であるおかげで「先生!」と呼ばれます。「先生」と呼ばれるからには先生らしくしなければなりません。

 最初の頃は、特別に柔道が強いわけでもなく、柔道理論を持っているわけでもなく、学者でもなく、競技者でもない自分が、子供たちに何かを教えるっていうのが不思議な感覚でした。そのうちにわかってきたのですが、「子供自身からやる気を出させる」ということが重要だと気づきました。

 当団にもいろいろなタイプの子供がいますが、画一的な指導では伸びる子は伸びる、伸びない子は伸びないというふうに偏ってしまいがちです。前回はああいうふうな練習だったので今回はこういうふうに、次回にはああしよう。と色々変えてしています。欲をいえば、もう少し現場の指導者が増えてくれたらなと思います。

 また、練習以外にも気をつけているのが、試合場で他の選手の試合を見るとか、道場の掃除をするとか、大きな声であいさつをするとか、ごく基本的なことですがきっちりとできる子供を育てようと思っています。

今度の30周年記念式典でもこのようなことを話そうと思います。

他団に出稽古に出て、指導方法を見てきたりしています。

自分自身が子供の頃から習っていたので、子供の気持ちは解りやすいです。

まずは指導員が見本となるように行動したいと思います。

     

 

H17年5月19日

おまたせしました。

 長らくおまたせいたしました。やっとこせHPを更新&竹原日記にとりかかることができるようになりました。言い訳をしますと、会社の決算で忙しかったとか、子供の子守で忙しかったとか、スポ少の会議で忙しかったとか、パソコンの調子が悪かったとか、いろいろな理由がありますが、何より日記のさぼり癖と同じで、しばらく休んでいるとずーっと休んでしまう心理になってしまっていました。

 何よりHPの更新が趣味ですので、これからどんどん更新していきます。乞うご期待。

 休んでいる間に「ネタ」がずいぶんたまりました。その中でも「岬町スポーツ少年団の会計補佐」に就任しました。来年度から現会計の川辺さんに代わって会計の職に就く予定らしい(理事会の承認が得れたらの話ですが)ので、30歳にてスポ少の本部役員になってしまいました。がんばるぞ!(多少不安ですが)

 本年で岬町のスポ少が30周年を迎えるので記念式典と記念行事が行われ、年末には記念誌が発刊される予定になっています。自分は記念式典の委員会に入っていますので、7月3日まで週1回ペースで会議に出席しなければならず、家内に「勝手に好きなことやっとけ!」と言われながら、どうすれば会議が短く済むか試行錯誤しています。

 最近は柔道の練習生が減っているので、個人レッスンみたいになっていますが、それもいいかーと思いながら、もう少し人数が欲しいなーとも思っています。

約半年のブランクができてしまいました。

あれこれと顔を出していると、自分の仕事はなんだったのか忘れてしまう位です。

現在のスポ少の役員方は自分の父親と同世代の方が多いですが、年が離れていても結構丁寧に扱ってくれます。

平成17年度団員募集中!

     

 

2004竹原日記  柔道をしていておもしろいなと思ったことを書いてみました。
日時
 
注釈
平成16年11月30日(火)

 2004年の岬の大会が終わりました。司会進行役も3度目となると、アドリブがきくようになってきました。本年は大会プログラムを見ながら、喋る原稿なしに進行しました。

 大会の方は本年も大成功でした。準備も毎年の経験があるのでスムーズにできたと思います。ただやっかいなのは、顧問の先生が毎年の伝統はこーや、あーやと愚痴を言い始め、久保先生と自分が振り回されたことぐらいでしたか。とにかく、後援会のお母さん方も見事な連係プレーでとても印象に残る大会になりました。

 高石さん、貝塚さん、泉佐野さん、やまびこさん、泉南さんの各先生方、保護者の皆様、応援団の皆様、この度はありがとうございました。岬の主催者を代表しまして厚く御礼申し上げます。

 気が早いですが、来年の予定も申し上げておきます。平成17年11月23日(祝)に同会場にて行います。その時には、岬の6年生による「投げ形の披露」を予定しています。何かよそにない事もできないかなと考えています。よろしくお願いします。

毎年のみさきファミリーマラソン大会、岬町商工会総会の司会進行役もさせていただいています。慣れたもんやー。

顧問の先生は使い方しだいで100人力ですが、少し違えるとマイナス100人力です。

岬の練習生もはりきって練習しましょう!

     
平成16年11月13日(土)

 ふうっー!なんか最近忙しくて長らく更新できてませんでした。ごめんなさい。それはさておき、最近スポ少の練習にOBの皆さんが手伝いにきてくれています。8時半ころから約30分自分達の練習をするようになりました。

 主になっているのは柳田豊という24歳のOBです。兄の稔(ミノル)は井原の里で接骨院をしています。親父は淡輪で喫茶店「ベコ」をしています。本人は「ベコ」の2階で整体をしています。彼の技術は中国太極拳の流れをくむもので、椎拿(ついな)整体と呼ばれています。

 柳田の同級生に黒川豪(クロカワツヨシ)がいます。彼は孝子人で結構おもしろい、洒落のわかるナイスガイです。母の(早苗さんといいますが)教育方針で小学1年生から高校3年まで一度も学校を休んだことがないらしいです。(すげー!)また、彼には伝説のおじいさんがいました。(故人ですが)

 竹原潤(ジュン)というのも練習にきています。彼の兄は自分と同級生で黒帯です。名を信行(ノブユキ)といい、自分(ノブアキ)と姓名で1文字違いでややこしいです。自宅も近所です。来年夏に初段になれるよう練習しています。

 あと大西家の長女(淑恵ちゃん)にも声をかけているので、できたら来てもらって女子部をみてもらえたらなーと思っています。

スポ少OB以外の方でも、入会問い合わせメールを下さい。

高校時代は重量挙げの選手で130キロのバーベルをあげていたそうです。

雨でも雪でも毎日泉佐野駅から浪商まで自転車通学の話は有名です。

潤は阪南市で郵便の配達の仕事をしています。

ぜひきてなー!

     
平成16年9月25日(土)

 あーこわ、あーこわ。しかも首いたいし。踏んだり蹴ったりやー!時は平成16年8月末、場所は吹田市立武道館、大阪府総体柔道競技2段の部に出た時のことです。

 あまりに体を動かしていなかったので、7月から8月にかけて4回ほど泉佐野柔道さんで練習をさせていただいていました。子供たちも数名ずつ一緒に参加し、賑やかに練習させていただきました。ありがとうございました。

 そういうこともあり、試合には結構自信がありました。今思えば、中途半端な練習で、へんな自信があったために10秒で負けるはめになったのでした。なさけないわー。

 その日に限って妻が応援にきていました。写真を撮ろうとしていたらしく、試合開始直後に撮って、確認の為デジカメを再生していたろころ、次の瞬間には負けていたそうです。背中のゼッケンをつくるのに半日かかったのと、遠くまで出かけてきたのと、前の相手の応援団のキャピキャピさに、試合後の帰り道一言も口を聞いてもらえませんでした。「言い訳すんなー!」やって。

 もうすぐ1歳になる愛娘も将来に柔道で試合にでるとき、最強の応援団になると思います。その日を夢見て今は我慢、我慢です。ヒー!

試合直後は痛くなかったのですが、時間が経つにつれだんだん痛くなってきました。治るのに約2週間かかりました。

泉佐野の各先生方ありがとうございました。

相手は松原市の竹原さん。28歳、身長180位のナイスガイ的柔道家でした。

あやのたんも負けたら大変やでー。ガンバレー!

     
平成16年8月7日(土)

 今回は自分自身の柔道指導に対する考え方をまとめてみたいと思います。柔道の活動を通じて、やりたいことが大きく分けて3つあります。

 1つ目は、子供の成長の手助けをすることです。柔道の練習の他に、物事に対する考え方、特に「原因があって結果がある」ということを指導したいです。また、こういう大人もいるということを知ってもらい、将来に一緒に柔道を指導するリーダーを育てたいです。

 2つ目は、柔道の指導員という立場を利用して、大人と大人の話をすることです。他の柔道団体の先生やスポ少・体協の方々をはじめ、一般の方にも「柔道してるんよー。」と話題作りになります。そのなかで、あーやこーや、あーでもないこーでもないと会話がすすみ、自分自身のスキルアップにもなっていると思います。

 3つ目は、自分自身の健康作りです。汗をかく、体をほぐすも健康に良いのですが、何といっても大声を出すのがいいように思います。自慢にはなりませんが、自分以外の大人でこんなに大声を出す人はいない(?)と自負しています。大声を出すことによって体を作っている色々な細胞を刺激し、新陳代謝を促進し、病原菌を撃退するように思って叫びまくっています。

 日頃はなんとなく柔道をしていますが、柔道をするきっかけとなった両親と、育ててくれた先生方に感謝しながら、次世代の柔道を目指して幅の広い活動をして行こうと思っています。

柔道の道は「道徳の道」です。一般常識と礼儀も身につけてほしいです。

世間の中には柔道経験者も多く、いろいろかわいがってくれるので、とてもありがたいです。

健康に対する考え方は当団の向井先生の存在がいい見本です。

最近は、自分の娘が練習に来る日を夢見ています。皆さんヨロシク!

     
平成16年7月4日(月)

 先月↓のように宣言してから間もなく、2回目の泉佐野心明館練習で右手首と左足首付近を痛めてしまいました。両方とも練習の3日後の練習で気づいた怪我でした。足はたいしたことないのですが、右手首の状態が本調子になりません。30を過ぎたらあまり無茶を(してないと思うんやけど)してはいけないということがわかりました。トホホ・・・。

 毎週土曜日にバトミントンの練習に参加させていただいています。柔道では指導が主な活動なので、あまり動かない分バトミントンで汗をかこうと始めたものでした。けっこうハードなスポーツで足がぐらぐらになるまで走り回ります。この暑さも手伝って、柔道以上に汗だくな状態になります。

 しかし、右手首がおかしいとラケットを振れません。先日の練習ではけっこう治っていたのですが、おもいきりスマッシュを打つ時に違和感がありました。痛めてから1ヶ月近くになるのに、悲しい限りです。

 ちなみにバトミントンのメンバーを紹介しておきます。同級生の樋口君、北井君、九鬼君、淡輪10区の秋岡さん、みさき公園団地の小川さん、そして顧問の藤島さんです。現在藤島さんの奥様を中心に女子部を編成中です。メンバー募集中ですのでバトミントンに関心のある方は問い合わせお願いします。

1回目より2回目の方が練習してないように思ったのですが、いったいどうなってしまったのか。

バトミントンは競技人口が多いらしく地方の大会でも大勢の人が集まります。

日常生活には支障はないのですが。

同級生4人組の中で既婚者は自分だけです。だれか結婚してくれー。

     
平成16年6月4日(金)

 ついにというかなんというか、やっと本日で30歳になりました。そこで本日決心しました。「三段をとる」

 2年前に二段になってから1.5点たまっていますが、あと3年で5点くらいとればいけると思います。33歳で三段、40歳で四段、50歳で五段というふうにいけばいいなーと思います。

 この水曜日に泉佐野「心明館」に咲乃と和泉を連れて行きました。彼女たちは内容も濃く、厳しい練習をしてへばっていましたが、引率した自分自身も中学生、高校生、一般の方と乱取り稽古させていただきました。

 乱取りをしていると、次第に調子がよくなってきました。得意の足払い(←タガイ先生仕込み)が冴え渡り、現役高校生と互角以上にわたりあえたような気がしました。(気がしただけかも)でもわかることは、自分自身の生涯の中で今が一番強いことです。

 もう一つの得意技「締め技」(←佐藤先生仕込み)と組み合わせてなんとかできそうな気がしてきました。ちょうど和泉が昇段試合に行く時に一緒に行こうかな、その次は裕子、その次は咲乃と・・・。まあ、段が上なほど指導がうまいかというとそうでもないけれど、あるにこしたことはないものなので、がんばるようにします。   「さーこい!!!!!!!!

 

にぎやかに練習していましたよー。

この練習の筋肉痛が2日後にくるとは。トホホ・・・。なんとも情けないなー。

     
平成16年5月10日(月)

 今月は「多賀井栄一先生」についてお話します。年齢は、今年還暦を迎える59歳です。竹原の父親と同級生で、川島建具店の明夫さんと中華料理「紀淡」のマスターの太石さんといつも4人組で行動されていたようです。

 本業は町の電気屋さんです。けっこう資格マニア的なところがあって、ありとあらゆる資格(免許)を所持されています。また、ありとあらゆる団体にも首を突っ込んでいて、それぞれに重要ポストに就いています。ライオンズクラブ、商工会、スポーツ少年団、PTA会長OBの会等、挙げていったらきりがありません。

 柔道の指導について、特に足技にはやかましいです。「今や!それ!それ!」というのは足払いのタイミングです。足の運びが少しでも悪いと注意されます。また、中学生の曽我部さんや四至本さんに黒帯をとってもらいたいので、指導には熱がはいります。

 最近、平成3年から乗っていた軽トラを廃車し、3年落ちのホンダの軽トラに乗り替えました。以前は特徴のある傷プロテクターが付いていたので、車が停まっているとよく目立ちましたが、今回の車はまだみんなに浸透していないみたいです。町で見かけたら手を振ってあげてね。

町会議員の道工晴久さん、竹内邦博さんも同級生になります。

電気屋組合、歴史の会、商工会青年部長OBの会、あー!たいへんだ!

柔道着を着ない先生として有名で、一番最近で5年ほど前かなー。

ナンバー「・788」で銀色のフロントバンパーの軽トラです。

     
平成16年4月10日(土)

 今月は「佐藤文明先生」について自分の知る限りでまとめてみたいと思います。まずはじめに自分と佐藤先生は親戚だということです。自分の母親と先生がイトコです。ちなみに現高校1年の上原裕貴の父親もイトコです。

 親戚のお葬式などには必ず一緒になります。その時の先生の呼ばれ方が「兄さん!」です。イトコの中で一番年上(長男の長男)だからだとおもいます。久しぶりに会う親戚に「兄さんまだ柔道やってんのか?」「そうよー。まだやってるぞー」というやりとりを何度聞いたことか。

 職歴は南海電気鉄道の車掌さん。主に高野線で働いていたそうです。特に、堺東の地理には明るく、おすし屋、一杯飲み屋など、知らない店はないほどです。その他、難波や橋本(和歌山)、河内長野にもかなり詳しいです。

 仕事の話を聞いたらけっこうおもしろいです。ドアをホームと反対側を開けて自分だけが落ちたとか、飛び込み自殺の現場から反対側に向かって逃げたとか、二日酔いで寝過ごして始発の乗務に遅れたとか、いろいろあるみたいです。

 定年になってから、旅行が趣味になったようです。一人でバスにのって出かけ、○○祭りや、□□の味というツアーに参加されているみたいです。そのつど、道場にお土産を買ってきてくれます。次はどこへ行くのかなー。

佐藤先生の父親は10人兄弟ですのでいとこがやたらと多いです。

先生の家は番川沿いで26号線と南海本線との間にあります。

南海電車のフリーパスを持っておられるので、電車代は生涯無料です。

柔道関連で府総体事業や、指導者協議会の役をしてもらっています。

お土産よろしく!

     
平成16年3月6日(土)

 今回、当団の先生の経歴をまとめてみたいとおもいます。トップバッターは年の順で「向井楠男先生」について公開できる情報をまとめさせてもらいました。

 大正12年生まれ、現泉南市信達大苗代出身、父親は大工の棟梁だったらしい。少年時代から大柄な体格で、小学校(尋常小学校?)の時に近所の警察署にて柔道を習う。進学先、今宮工業職工学校(現:今宮工業高校か?)でもバリバリ練習されていたとか。

 戦争が激しくなり、出征。南方へ出向く。台湾海峡で10時間浮いていた経験有り。スマトラ島やシンガポール等転戦。終戦後現地の捕虜となり数年間現地で労働さされていたらしい。その後、日本に引き上げてきた時には自分自身のお墓があり、お葬式も済んでいたらしい。

 信達村議会議員を数年間勤める。セキスイハウスに就職、定年を迎える。その間、滋賀県に単身赴任を経験。京都やその周辺の地理にはかなり明るい。現在も車の運転は達者で、九州でもどこでも運転して旅行できる勢い有り。特技は年寄りを装った(年寄りやけど)若い者いじめ。敵に回したら厄介な存在です。

 岬町柔道には後援会として参加し、経験を買われて指導員へ。約25年目の現在も「向井先生の前で柔道したら怖い」と言われるぐらい熱血指導中。大外刈りと大内刈りの指導には定評があります。

次回は佐藤先生を予定しています。

昔の話をかなり鮮明な記憶で覚えています。びっくりするほど細かい記憶もです。

大峯山を登る話は10回ぐらい聞いたことがあります。

孫の将平も今年で6年生になります。

指導者としてまだまだ現役でお願い致します。

     
平成16年2月6日(金)

 1月25日に泉州地区柔道大会が行われました。9時半から始まった大会は順調に進み、午前中で小学生の選手は終了いたしました。当団からは小2の柴崎君と山原君が3位入賞しました。自分の予想では1位2位3位が1つずつというふうに思っていたのでものたりない戦績でしたが、子供たちの大半が1勝していたのでよかったです。

 自分自身が小学生の頃は試合に勝てるなんて年に1回あるかないか、不戦勝は何回かあるけど闘って勝つことは、まあありませんでした。にもかかわらず、負けたら泣いて帰ってきて、佐藤先生や向井先生に「泣くな!」と言われ余計に泣いて、試合で褒められたことなど一度もなかったように思います。

 この大会で「一般の部」というのがあり、昨年以来1年ぶりに試合に出場しました。前回は2試合とも負けていたので、今回は勝たなくてはと思い、全力でかかって行こうと思いました。(小学生も応援に残っていたので下手な試合はみせられへんし)相手は2人とも同世代の結構練習してそうな方でした。

 1試合目は相手が背負い投げで崩れた所を締技で勝てました。2試合目は3分かかって引き分けました。試合中に気をつけていた所はスバリ「気合!」でした。日頃の練習は気合が中心?ですので、大きな声で「さーこい!」と胸を張って手を広げるようにしました。

 3日間筋肉痛で苦しみました。しかし、子供たちにいい格好ができたのと、家で嫁さんに見直してもらったのでとてもよかったです。

もう1つ勝てば3位という選手が約5名いました。ガンバレ!

岸和田の畳の多さにびっくりしてしまいました。

佐藤先生も指導者の部に出場しました。

20数年柔道をしていますが、試合内容で向井先生に褒められたのは初めてでした。

「ほんまに柔道できんねんなー」といわれてしまいました。

     
平成16年1月17日(土)

 2004年も年が明けました。自分自身としては今年こそと思うことがあります。すばり、通称の「タケセン」を廃止することです。この「タケセン」は約5年前から始まっています。確か当時小学2年の波元亮二が付けたと思います。(たぶん。)そこから徐々に浸透し、今では団員の半数がこう呼ぶようになってしまいました。

 聞くたびに「誰に言ってるんや!」とか「なんやとー!」とか注意しているのですがどうも効果がありません。いろいろ原因はあるんやとおもいますが、一番の原因は子供たちと一緒になって遊んでいるのが大きいのではないかと思います。まあ、自然に出ないようになるまで頑張ろうとも思っています。

 1〜3月は日曜日の予定が詰まっていて試合が多いです。柔道の試合はいつものことですが、スポ少の交流大会でAJTA(アジャタ)をする日があります。AJTAとはルールがきっちり決まった玉入れで、最近の流行のスポーツになっています。

 昨日柔道の練習を早く切り上げて、AJTAの練習をしました。ずばり失敗でした。というのも練習する武道場の屋根の高さが思ったより低く、また、子供たちの「柔道の痛い練習より、楽しい玉入れをしたーい!なにがなんでも投げまくったるんや!はよしよう!はよしよう!」という気持ちが、はちゃめちゃな玉入れになったのでした。

 今年は散々な出だしでしたが、さあ次の泉州地区大会に向けて精一杯練習していきたいと思います。がんばろー!

今年は卒業生の木藤君と井端君の黒帯(初段)が見たいです。

年明けにこのHPも感じを変えさせてもらいました。

以後AJTAの練習は柔道の練習日以外の日にすることにします。

そうや、ファミリーマラソンも近づいてきました。

来年のこの大会は岬町が主催らしいです。・・・。

     

 

2003竹原日記  柔道をしていておもしろいなと思ったことを書いてみました。
 
日時
 
注釈
平成15年12月20日(土)

 今年ももうすぐ終わり、柔道の活動も残す所あとわずかとなりました。明日の南部地区大会では岬町柔道から2位が1名3位が2名出ると予想しています。優勝できたらいいのになぁと思いますが、選手の活躍に期待しています。

 今年を振り返ろうとして「活動結果」を見返していると、自分の感覚よりいっぱいあったんやなーと思いました。そこで今年の話題ベスト6を発表したいと思います。

  1. 2003岬柔道大会大成功
  2. 久保先生のご結婚
  3. 夏季合宿でいろんな体験(叡山柔道さんと合同練習)
  4. スポ少結団式での形の披露
  5. 竹原家長女誕生で7回ぐらい練習を休ませてもらいました。
  6. 世界選手権で井上康生と柔ちゃんが優勝するところをTVで応援した。

 5はよけいですが、十分に充実した1年になったと思います。練習生にしてもこの1年でよく成長したと思います。来年には個人個人の目標を立てて、それに向かって練習してもらおうと考えています。HPに載せようと思っていますので楽しみにしていてください。

 さあ、来年はどんな年になることやら。自分も30歳になるので、今以上に責任を持って柔道の活動に精を出していきたいなーと思う年末でした。

個人戦は軽量級と重量級に分かれているので、ぎりぎり軽量の選手は有利です。

HPの作成・更新にかかった時間を計算してみると、約1××時間ぐらいです。我ながらよく頑張るなー。

この休みの間にHPをちょこっと変更したいことがあります。

人生いろいろ、柔道を通じて人の輪が広がればなによりです。

     
平成15年11月28日(金)

 やっとすんだーーーー。2003岬柔道大会。結果も上出来、いうことなし!あえて言うならば、(5分間考えたがでてこない)・・・。とにかくよかった。

 自分は司会進行係りでした。慣れた口調でどんどん進めていけました。なぜ慣れてるかと言うと、2月の「みさきファミリーマラソン」で司会進行係をすでに経験していたからでした。

 来年も2月にマラソン大会があります。そもそもマラソンは岬町体育協会が主催で15年前位から始まった行事です。選手としても参加したことがあるし、父兄の代走で参加したことも3回くらいあります。当初は長松海岸やみさき公園駐車場でしていましたが、ここ3〜4年はせんなん里海公園でしています。

 ファミリーマラソンには実行委員会があり、自分もそのメンバーの1人です。約10名のその会では月1回くらい集まる日があり、準備をしています。昨年度の反省や今年の取り組みについて、充実した会議になります。

 大会日には体協、スポ少、子供会、体指の方々が協力して競技が行われます。司会進行係の仕事は最初の開会式が忙しいだけで、あとは楽なので、マイクを持って走っている選手を応援します。次回大会では「ギャル系」に応援を依頼したいなーと個人的に考えています。柔道部の6年女子が適任かなー(?)

 それより、柔道の子は持久力が足りません。ほとんどの選手は後ろから数えた方が早い。柔道してたら体力ありそうやけどなぁ。でも、この大会は参加することに意義があると思うので、できるだけの参加をお願いします。

後援会の皆様ご苦労様でした。

町長、教育長、スポ少本部長があいさつしてくれました。

2月の大会は寒い!しかも雨が多いのでたいへんです。

今年で実行委員は4年目です。けっこう古株になってきたかも!

柔道部では自分が体協、久保先生がスポ少、佐藤顧問が体指を担当しています。

1,2!1,2!

     
平成15年11月8日(土)

 柔道の試合に勝つこつってあるのかなぁ?あります。こつというより作戦です。さて試合になったとき、がむしゃらに突き進んでいくより、少し頭を使ったら勝てたというのも多々あります。

 見るからに体力差・体格差があれば別ですが、ほとんどの場合に共通していえることがあります。下にまとめてみました。

  • 試合前の緊張をできるだけほぐして、冷静さを保つ ←保護者
  • 開始直後に大きな気合で相手の勢いをそらす
  • 組み手では必ず有利なほうで持つ(左右に対応する)
  • 相手の得意技をかけさせない防御姿勢
  • 相手の弱点を素早く見抜く! ←監督、保護者もアシスト!
  • 連続技をかける(自然に体が動くように練習しておくこと!)
  • 同じ技は続けてかけない!返し技をくらいます
  • 試合時間を気にして、ポイントで負けているなら大技をねらう
  • ポイントで勝っているなら無理をしないが、攻撃姿勢は見せておく

 井上康生選手みたいな豪快な投げ柔道は魅力的ですが、小学生では難しいところがあります。とにかく、1つでも勝つ喜びを得て帰ってもらいたいです。当団では5年の吉崎兄や4年の木藤・服部、3年の柿木など少し経験のある小柄なタイプの選手には特に参考にしてもらいたいです。自分も小柄だったのでなんとか勝たせてやりたいなーと思っています。他団の有力小柄選手の試合を見るのもいい勉強になります。

今回は特に自分自身の経験からつづらせてもらいました。

組み手が一番重要だともいいます。ある程度腕力が必要ですので腕立て伏せをしてください。

重要なポイントの一つに周りの応援があります。「かけろ!」というのも必要ですが、相手の弱点を選手に教えてあげてください。

投げる時に選手と一緒に「ヤー!」と叫ぶのも効果的です。ビデオ撮影より応援を!

     
平成15年10月25日(土)

 だいぶと涼しくなり、夜には逆に寒く感じる今日この頃であります。これから柔道も試合が続き、年内にあと5回行われる予定です。年を明けても3月までにもう3試合ぐらいあるとおもいます。

 柔道の練習生のなかには試合が好きという子が数名いますが、その他のほとんどは「練習は好きやけど、試合は嫌い」ではないでしょうか?柔道の場合、1対1の格闘技で決められたルールの中で精一杯競技するというスポーツなので、やっぱり体格差による有利不利が嫌なようです。

 その気持ちは痛いほどよくわかります。自分自身も小学校の時からずーっと前から2番で小さかったものですから、学年別の大会では99%でかい相手とあたります。少しの違いならなんとかできるかもしれませんが、それも少なかったです。いちばんかなわないのは、同学年の体つきのよい女子とあたることでした。なにしろパワーがあるので怪我ばっかりしていたように思います。

 中学で練習するようになり、驚いたことがあります。入部したての素人は弱い!当然かもしれませんが、体格が違う大きな子でもどんどん倒せました。相手もだんだん強くなってきますが、一緒にこっちも練習しているので、くせ(掛けるタイミングなど)を見抜くことができ、ずーっと優勢で過ごせました。小学生から柔道していてよかったなーと思いました。

 自分自身の方針として、日頃の活動では柔道をいかに好きになってもらうかという所に重点をおき、そのための指揮をとるように心がけています。まあ、試合で勝ってもらうのが1番の楽しみですが、優勝者以外は1度は負けるので、負けた時のフォローもしっかり行いたいなとも思っています。

年明け近くには久保先生が忙しくなる予定ですので全ての試合に参加できるかどうかは不明です。

同級生の渕原慶太君は体格もよく強かったので自分の試合が終わるとずっと見学していました。

中学生の試合は体重別になっていたので、1番軽いクラスで頑張っていました。

当団の先生方は成人してから柔道を習っているので、自分の役割は重要だと思うので頑張ります。

     
平成15年10月1日(水)

 私事ではありますが、去る9月の27日に長女が誕生しました。29歳と4ヶ月、結婚後約2年での出来事ですので、まあまあ平均的ではないかと思います。

 名前ですが「竹原綾乃」にしました。由来は自分の父方の祖母(故人)が綾子さんだったので綾という字をもらい、乃は字画やバランスや流行のもので決めました。もっとも、解釈の問題で、は1番(何事にも1番になってほしい)は柔ちゃんのや、は父親(自分)ののからというふうにも考えられます。

 それにしても大変でした。そもそも親戚のおじさんがお医者さんで府立母子センターにおられることから光明池まで通うことになり、数えきれないほど行きました。そこの病院は、特殊な病院らしくて、自分達みたいに普通に出産する者の方が少ない感じの産科病院です。(小児科もものすごい施設です)とにかく何一つするにも混んでいて、ここに来るだけで1日仕事です。

 26日の2時に入院し、22時に分娩室に入り(立会い出産なので一緒に入る)夜中を越して朝方5時38分に出てきました。なにしろ疲れるわ眠いわで、感動の涙なんて出なかったように思います。それより母(妻)が痛そうでかわいそうでうるうるきたかもしれません。

 退院まであと3日ありますが、そこからあと佐野の実家で過ごす日々になると思います。仕事をできるだけ頑張って、できるだけ早く見にいってあげようと思っています。(柔道の練習は行きます。なぜかというと、自分がいない練習を見ていたら、他の先生がかなり怖い!練習生に笑いがない!妙な雰囲気!で練習していたからです。子供たちがのびのび練習ができるようにがんばります。)←これがいけないのかな?

自分の男友達は誰も結婚していません。おとなしい者ばかりなので、だれか話しがあれば声をかけて下さい。

宝谷夢ちゃんに頼んでおきました。「夢が6年生になったらこの子が年長組やから、柔道を教えたって」と。

産科の女医の先生と男の先生、新生児科の先生と助産師さん2名が立ち会ってくれていました。

産後の1週間毎日面会にでかけます。自営業やからできるんやでなぁ。

     
平成15年9月9日(水)

 ふー!えらいこっちゃー!ここんところ3ヶ月間でえらい肥えてきたがな!

 理由は簡単、「えーもんの食べすぎ」です。というのも、家内がお産で泉佐野の実家に帰る頻度が多くなったからです。もともと、週に1〜2回は実家で夕食をよばれていました。それが約週3回のペースで、その他なにかと忙しくなり、外食が増えたのも原因の1つです。

 月・水・金と柔道の練習に行って汗を流してバランスがとれていたのは以前の話。最近は実際に練習(乱取りなど)をするよりも、「声を大きく出せ!」とか、「こっちに並ぼう!」とか、技の指導以外のことがメインになりつつあり、これはいけないなぁと思う今日この頃であります。

 最近は冷夏の反動か残暑がきつく、練習にも何となく気合が入ってないような気がします。あっちが痛いとかしんどいとか、まったく阪神の金本選手を見習ってほしいです。これから試合がたて続けにありますが、まずはけがをしないようにしてほしいです。

 9月も半ばになればだいぶと暑さも落ち着くと思われます。そこからの練習が1年で1番伸びる時です。(差がつく時でもあります。)そこでどれだけ意欲を持って練習できるか、自分自身の指導のみせどころでもあります。まずは、世界選手権での日本人選手の健闘をたたえて、「柔道ってかっこいい!」と思わせるように指導したいと思います。

自分の家の食事は1人分が決まっていますが、実家の食事は取り皿方式で食べるため、何かと優先してくれるのはありがたいのですが・・・。

10月1日予定ですので、前後の柔道の練習や試合は休ませていただきます。ご了解下さい。

阪神の優勝と柔ちゃんの優勝と重なったらどうしようかなーとひそかに心配しています。

野村選手ファイト!

     
平成15年8月12日(火)

 今回は自分が柔道をしていてよかったなぁと思うことを書いてみます。小学2年から岬町柔道(前:淡輪柔道)にお世話になり20年が過ぎました。その中でも、選抜して書いていきます。

 小学生の頃は実はいやいや練習していました。なにがいやかというと、それぞれの先生の教え方が微妙に違うので、できた!と思っても、違う!とか言われたりしたことでした。その頃は体も小さかったので試合に出ても初戦突破は3回に1回位で、試合の緊張感もいやでした。でも父親が怖かったからか「やめたい」と思ったことはありませんでした。

 中学生になり、個人戦は体重別クラス制になるとだんだんおもしろくなってきました。見た目ちっこくておとなしそうな子が郡市大会の表彰で壇上に上がったおかげで、学生時代にいじめやいじめられとは無縁でした。(その分勉強に取り組めたのかな?)

 高校時代は体育の授業で剣道をしました。1対1の勝負という共通点から剣道部員以外に負けたことはなかったです。相手との間合い、息遣い、微妙な駆け引きが鍛えられていたのでしょうか?とにかくおもしろかったー!

 現在も指導員として後輩の指導をしていますが、なにしろ自分自身が経験してきたことなんで、その子が今何を考えているか、何をしたいか、どこまでできるか、など手に取るようにわかるんです。それをふまえた上、できるだけ不公平なしに、どれだけ選手を伸ばせるかというのが現在の課題です。

当団の向井先生は現在はお年寄りですが、当時もお年寄りでした。

同じ学年に渕原慶太君がいて一回も勝ったことがありません。でも中学生の練習の時に一度足払いで膝をつけさせました。それだけで感激!でした。

中学の郡市大会で鳥取東中学に小山君というライバル?がいました。

水を飲みたいとか帯をほどいて休憩するとかの気持ちはよくわかります。

     
平成15年7月28日(月)

 今年は南海国際旅行の協力で滋賀県マキノ町に合宿に行きました。1日目のお昼に到着し、カレーをよばれた後に焼き板工作に取り組みました。まず、焼いたままの板をブラシと軍手で磨いていく作業をし、専用塗料で絵や文字を書いていきました。一番の力作は4人(花藤妹・宝谷姉・佐藤・平岡姉)による合作で「岬町柔道スポーツ少年団」と飾りつけたものでした。その他めいめいの作品を家に持ち帰ったようです。

 その後休憩なしで歩いて15分くらいの魚つかみの会場に移動しました。早速魚を追いかけてバシャバシャしていると「いっせいに追い込め!」と声がかかりました。そういえば深日の猟師の奥さんが参加されていたのでした。やっとのこと全匹捕まえて焼いて食べおわるといい時間になっていました。

 2日目朝早くに出発し、大津市坂本にある叡山柔道協会さんと合同練習しました。着いて驚いたのですが蒸し暑い。太田先生曰く「夏は窓も扉も閉めきりで練習します。逆に冬は開けっ放しで練習します。」とのこと、暑さに慣れない岬のメンバーは最初こそ元気でしたが時間が経つにつれ覇気がなくなってきました。そろそろ練習が終わりと思われたころ、元立ち稽古が行われました。叡山の平井君は岬の7人相手に奮闘し、当団の柴崎君は叡山の5人相手に健闘しました。

 昼食後にバスで琵琶湖博物館に移動しました。入り口付近で記念撮影して各自別れて自由行動しました。自分は引率で木藤と井端をみていましたが、2人の魚に関する知識に驚きました。教えられることばっかりで、またあっちこっちひっぱられ結構楽しめました。しいていえばもう少し時間が欲しかったように思います。

 なにしろ無事帰って来れてほっとしました。後援会の皆様、南海の岩田様、その他の皆様いろいろとありがとうございました。またの機会にまた飲みたいですね・・・。

マキノパークホテルに宿泊しました。けっこう静かな湖畔の施設でした。

夜には柔道の勉強会とビンゴ大会などでもりあがりました。

反省会の大人の部ももりあがりました。

練習風景をカメラ撮影したくれた木藤のお母様ありがとうございました。

博物館に到着したバスでハプニングがおこりました。(久保)

     

平成15年7月2日(水)

祝!ホームページ開設1周年

 ご声援ありがとうございます。この7月1日でホームページ(以下HPと書きます)が丸1年を迎えました。皆様に支えて頂いてこのような出来栄えになり、とてもうれしく思っています。竹原日記も13回目の連載になり、「面白いよ!」とか「最高!」とか評判をいただきます。ありがとうございます。

 今回は未だ発表していなかったこのHPの誕生の秘話とHPの楽しみ方について書いてみようと思います。

 HPを作るきっかけとなったのは、ふとした練習後の会話からでした。「岬ラグビーのHPがあるよ。」・・・。いっちょがんばろうかと思い、兄(姉の夫)に相談。そしたら、HP制作ソフトと画像処理ソフト(どちらも業務用で値段が高い!)をただでくれました。また、そのソフトは操作が簡単で、デザインさえ考えていればすぐにできるとのことでした。

 試行錯誤した準備期間は約6ヶ月、また開設してからもいろいろと内容変更をしながらこの形式に落ち着きました。現在の見所は、なんといっても「部員名簿」です。練習生の個人の写真入です。今現在ではありきたりの事しか書いていませんが、これから発展・拡充予定です。

 トップ下ページにNew!というロゴがあります。更新後約2週間残していますので、HPには2週間に1回ぐらいの割合でお立ち寄りいただければなぁと思います。これからもごひいきをお願い致します。

他の柔道の団のうち、HPを立ち上げているのは1割ぐらいだと思います。

兄は大手住宅会社勤務のサラリーマンで、趣味が高じてパソコンの関連部門に在籍しています。

竹原は昔からデザインや企画といった事が得意でした。

HPの容量はまだMAXの1/7です。

     

平成15年6月3日(火)

 今回も少年柔道の試合について書いてみます。最近は小規模な試合に行くと審判をしているので自分のところの選手の応援はできませんが、時間が空いたりして選手に就けるときがあります。そんな時はできるだけ大きな声で選手に声援を送ります。

 自分自身が小学生だった頃は佐藤先生・向井先生・多賀井先生がまだまだバリバリの時で(今でもバリバリですが)試合にて鈍い動きをしていると試合後にガミガミガミガミ言われていました。それがいやで負けたら泣いて帰ってきたように覚えています。現在もふがいない試合を見つけるとガミガミ言いますがまだましです。

 当団でまれに試合に負けてやる気が出るという選手がいてました。最近では大西の淑恵ちゃんと浩輔がいい例です。負ける度に「なにくそ!」と練習に力が入っていました。残念ながら現在の選手でそのように思っているのはいないんじゃないかなと思います。

 試合の応援では監督の次にはやっぱり父母の応援が効くようです。試合中は神経が研ぎ澄まされているので結構周りの声が聞こえます。そこで相手と本人の位置関係、体力差、体格差、を考慮して「がんばれー!」という以外に「今や!」とか「ひっぱって!」とか「足を払え!」とか言って応援してもらえればと思います。後援会の皆さんにはそのためにも自分の子供の得意技やできる技を見て知っておいて頂きたいと思います。

 応援でもしていけないことがあります。例えば「いてこませ!」とか「(けがをしている)右足を狙え!」など相手の精神や身体を中傷する声援です。実際聞いたこともあるし、審判長に注意されていました。審判していてびっくりしました。ここまではいかないまでも精一杯の応援は選手には必ず届きます。応援団も練習しましょう!

今回は当団の後援会に特に読んでもらいたいです。

負けて泣いて強くなる。本当か?

昇段試合前の磯打も気合が入った練習をしていました。

あと、「釣り手を下から!」とか「先に掛けて!」とかあります。

月例試合は応援の練習の絶好の機会です。

     

平成15年5月17日(土)

 

 今回は知る人ぞ知る(といっても少ないが)柔道の審判について書いてみます。知っての通り私は新米の審判員ですが、今のように審判ができるようになるまでがなり苦労いたしました。

 まず、最初の頃は基本的なことですが、どっちの選手が有効をとったとか覚えておくのがたいへんでした。みるからに体格の異なる相手同士でしたら簡単やけど、同じぐらいの背格好、しかも双方緑帯で同じような髪型やったらさあ大変。赤帯頼りにひっしです。

 次に、反則技です。少年規定では奥襟を持つとか両膝付きの背負い投げとか技を掛けないとか場外に出るとか組み合わないとかです。柔道の場合、主審の判断が大きなウエイトを占めているので、強そうな子を反則負けにするのはすこし心苦しいです。

 次に微妙な判定です。「有効」やったり「技有」やったり迷うのは茶飯事で、押え込みの「とけた」や僅差判定の場合は目の前がクラクラします。まあ、僅差判定はほとんど副審の先生がしてくれるので気が楽ですが。

 審判の側から見てみると「もうちょっとの差なんやけどなぁ」というのがたくさんあります。特に、声の大きさによっても勝敗が変わる場合があります。「やー!」と言うのと言わないのでは有効⇔技有、技有⇔1本ぐらいの差があるといっても過言ではありません。普段の練習の時から声を出していないと、試合時にはよっぽどでない限り声なんて出ません。練習時に「やーやー言え!」と言ってるのはそのためです。

 あと、応援団のマナーにも気を使います。他団にはとんでもない父母がいます。審判をしていてびっくりすることもあります。おもしろいですが、次回へのつづきに致しましょう。

右手と左手の指を折って数えています。

最近は掛け逃げをとるようになってきました。

僅差判定できわどい時は自分のチームの選手は負けにします。

掛け声一覧

 やー!
 さーこい!
 よいしょ!
 せー!
 うりぁー!
     

 

2002竹原日記  柔道をしていておもしろいなと思ったことを書いてみました。
 
日時
 
注釈

 第24回南部地区大会開催にあたり感じたことです。

H14年12月

 「おー!やっとすんだー!」気分が晴れたのもつかの間、今度は新年会の幹事の仕事が残っているとの事。とほほ・・・。

 今回の南部地区大会の主催は泉南と岬の共催で、会場係りは泉南担当、試合進行係りは岬というふうに一昨年から決っていました。僕自身も何か手伝うんやろなーと思っていた矢先、久保先生がその日は都合で欠席との事、K先生に言い含められ、大会委員長という役を頂いてしまいました。

 大会当日に開会宣言と閉会宣言をするというのが名目で、実際は、大会の案内作り、大会プログラム作り、抽選会の設定、トーナメント表作り、メダルの準備、参加賞の準備、賞状の印刷、集金会計係、備品調達、その他もろもろの仕事がありました。(半分くらいは岬の後援会さんに手伝って頂きました。感謝、感謝。) けれども、開会宣言の時にうろうろしていたので、K先生にされてしまいました。とほほ・・・。

 なにしろ、今大会はみんなみんなよく頑張ってくれました。昨年はメダル4個でしたが、今年は6個取れました。なにより僕ら指導員も鼻が高かったです。それと、吉崎丈と柿木には特に褒めてあげたいです。

 今年もあとわずか。練習も残り少なくなってきています。部員のみなさんは風邪などひかないよう、できるだけ練習に参加してください。それではまたねー!

新年会は久保先生の結婚式の日に7時から始まります。

来年の大会はH15.12.21に泉佐野主管で行われます。

閉会宣言のみ、きちんとさせて頂きました。

団体戦もAチームBチーム共よく頑張ったよ。

年明けは1月8日からです。

     

竹原回想録

その3

 今回は中学校を出てからの柔道についてまとめてみました。平成2年4月、無事高校に入学しました。入学式の日に1年のクラスで自己紹介が始まりました。おや!見たことある顔があると気づくまで、時間はかかりませんでした。「田川君」という久米田中学出身の柔道の強い子が出席番号1つ前で、2つ前が元岸和田北中学柔道部主将の「高橋君」がいました。

 もともと、柔道部に入る気がなかったのですが、なんか出鼻をくじかれた感じで、自己紹介しようにも前2人が柔道の戦績など話すに連れて、なんかさみしい気持ちになり(人生のターニングポイントだったかも) 自分の番では柔道について話せなかったように記憶しています。

 その後、文化部をいろいろ見回っていたら(高校では文化部系に入ろうと決めていた)一緒に回っている友達が、生物部の体験入部のときに、へま(備品を壊した)をしたことによって入部するはめになりました。何が縁やら、いまだ川辺の水質調査には顧問の先生の助手で活動しています。(年に1回岬町の小学生を対象に川に入って生物観察するイベントです。)←みんな参加してね。

 高校の1・2年の時は夜に週2回淡輪柔道の道場に通っていました。(都合でよく休みましたが)今から12年前ですので、伝説のメンバー(小学団体戦小6から 大西兄 茂野兄 大西姉 茂野弟 大西弟)で試合に出ていた頃だったように思います。他に生徒は 浜端 柳田兄弟 黒川 岡野兄弟 野間さん 末原文太 平井兄弟 ぐらいやったかなー。(忘れてたらごめんね。)

 高校卒業後は神戸の専門学校で2年僚に入っていたのと、最初の就職先が営業で帰宅が10時になったのとで、合わせて約5年のブランク(休みが合えば来ていましたが)ありました。5年前に泉南で仕事するようになり、時間も余裕ができましたので、指導員補佐として現在に至ります。     (完)    

彼らは大阪府大会でいつも上位にくいこむ、むきむきのマッチョマンでした。

本当は物理部か科学部でパソコンをいじりたかったのすが、メダカの世話とハムスターの世話に明け暮れる日々になりました。

練習日の曜日は特に決ってない不規則な練習日でした。

次回は、淡柔名選手回想録です。

 

     

竹原回想録

その2

 今回は、竹原が小学校を卒業してからの柔道についてまとめてみました。まず、昭和62年4月1日、入学式を前にして中学校の柔道部に練習の見学にいきました。そこには上田先生(現尾崎中学校勤務)が顧問でおられ、練習をみておられました。生徒は部長をはじめ、淡輪柔道出身の先輩が半数ぐらいいたので、わきあいあいと話しておりましたが、さて、一緒にやってやってみるかーと言われた練習が「声ダッシュ」という練習で、中庭のピロティの所から運動場に向かって「2年4組坂原ふぁいとー!」(例)というふうに叫ぶ練習でした。あまりに恥ずかしく(運動場には他のクラブの生徒がたくさんいたため)泣きながら叫んだように覚えています。

 小学校のころから体が小さかった竹原でしたが、中学校に入れば試合も全て体重別で組まれるので、大きな相手としなくていいし、小学校から柔道をしていたことで、中学校から初めてする者よりやっぱり有利だったようにおもいます。中学3年の春季郡市大会で優勝もしました。個人戦で優勝したことは小学校から後にも先にもこれ1回ぐらいしか記憶にないです。

 中3の夏休み。クラブも引退間近の昇段試合。3人の対戦相手のうち、2人に勝てば黒帯をとれるところ、1人目に勝ち、2人目に引分け、最後の対戦の3人目の相手は同じ年の鳥取東中学校の生徒でした。試合開始5秒、相手の左足が出たところを出足払いで1本勝ち!あのときの興奮はあまり味わえない(2段の時も同じぐらいでしたが)ものになりました。

 卒業アルバムのクラブ写真で黒帯で写ることができました。クラスのみんなも驚いてくれましたし、なにより、ご指導いただいた先生の笑顔がうれしかったです。今から思うと、腕立て伏せ200回・腹筋200回・スクワット1000回の夏の合宿も、いい思い出です。   (つづく)

淡輪柔道の練習日には、学校のクラブ活動が終わってからも通ってましたよ。

中2の夏休みから副キャプテンとして活動していました。キャプテンは渕原慶太君。

泉州地区昇段審査会は岸和田城前「心技館」で行われました。

その後、受験勉強のため、柔道は半年休みましたよ。

     

竹原回想録

その1

 好評をいただいております「竹原日記」に新バージョンで望みたいと思います。その名も「竹原回想録」なんかたいそうやけど、自分が習っていた頃の柔道のことを思い出しながら書いていこうと思っています。

 まず初回は、今と15〜20年前の練習の違いについて思い出します。まず、練習時間。6時から8時まででした。8時からは中学生・高校生が練習していたようです。その頃は小学生だったので、大きい方の練習はぜんぜん知りません。それと、畳は白い布地のものでした。よくすべりました。

 そういえば、練習後の座礼の座る向きが現在と90度違い、鏡の方へ向かって座っていました。練習には皆自転車で通い、私服(または制服で来て、更衣室で着替えてたように思います。練習前は早く来たものから道場の中でソフト遊び(やらこてん野球)をしていました。

 覚えている範囲で先輩の名前を挙げると、6年に岡部さん、宮田(弟)さん、伊藤さん、5年に河合さん、森さん、4年に坂原さん、末原さん、金沢さん、3年に川島さん、久保さん、四至本さん、遠山さん、乗田さん、今村さん、2年(同級)に渕原君、などけっこう人数がいたように記憶しています。

 ついでに自分が6年になった頃は5年に田端君、瀬戸君、高木君、4年に浜端君、3年に竹原健君、大林君、2年は渕原鉄平君、1年に大西康允君(大西家長男)、小出君、という感じでだんだん生徒が少なくなってきていました。

 そうおもえば現在いろいろな相手と練習できてうらやましいなぁと思います。(つづく)

練習日は水・土など週2回でした。

この頃は多賀井先生も練習着を着ていたように思います。

なにしろ小さかったので、記憶に漏れている先輩がたくさんいます。ごめんなさい。

5人位で練習したときもありました。

その2は来月にアップします。

     

9月28日(土)曇り

堺拘置所(OPJ)内道場にて

 あーねむー。7時に集合とは。でもなんか楽しみ。岩出との合同練習には行ったことあるけど、堺は初めてやもんなぁ。行きの車は3台、なんか不安。おー!やっぱり!そのうち1台は道に迷ってしまっちゃいました。まあ、迷うことを前提に早く出たので、なんとか集合の9時にはギリギリセーフ。

 午前の練習、準備体操をして打ち込み・乱取り・寝技と次々に。10時過ぎに10分休憩してからは本(もと)立ち稽古。これはしんどいでー。相手は選べんし、連続やし。まあ、夏の合宿と比べて、気温が低いだけなんとかへばらんともったって感じやなぁ。まあ夏の稽古のこと思ったら、お昼休憩のお弁当みんな食べれていたので、ましやったんやわ。おお!久保先生今回も弁当2つ食べつくした!(絶句!)

 午後の練習試合の形式は7名の団体戦。各団体の総当りで計7試合。11人のうち4人は休憩で、1人につき4〜5試合にでました。乗田・宝谷・四至本・渕原の5年女子がとてもよくがんばったように思います。それと、昨日の練習通り、試合の礼の仕方はみんなきっちりとできていたので、とてもよかったで。しいていえば、他の団体の選手より勢い(気合:声)で負けているような気がするので、そこをもーちょっと練習せんなあかんなぁ。

 練習後、各道場の先生にお礼を言って帰途へ。帰りは車2台だったので迷わず来れたけど、なんせ渋滞が。岸和田で少し、泉南・阪南でだいぶと混んだフー。道場前に帰り着いたのは7時前。総時間12時間の練習でしたフー。おつかれさまー。フー。

 家にたどり着いたら、なんと妻の友達を家まで送って行くとの事。場所は茨城市。なんてこった!

以前に第4回合同練習に参加しています。今回は第5回でした。

お昼に豚汁を出していただきました。そこでまたハプニングが・・・。

参加団体はOPJ・ブレイザーズ・橋本・山科・大狗・堺西・岬の7団体。堺西さんとは2回試合しました。

元気に帰ってきました。

帰宅p.m.11:54

     
7月28日(日)快晴

御坊市立武道場にて

 今日も暑くなりそうやなー。大阪の枚方で38.2度やって、そらあついわ。といっても合宿やし、気合入れてがんばろう。

 御坊商工のお姉さん(女子高生)たち、いかにも和歌山の顔つきやったなー。あれを「みかんっ子」っていうんやな。やっぱり、インターハイに出るだけあって、きっちりとした技になってるわ。特に東さんていう子の跳ね腰の打ち込みは見事やったな。一回一回相手が宙に浮いてるもんな。しかも、10回したら10回同じ所に入ってるし。ほんまいい技やわ。

 岩出さん、ちょっと手加減したってほしかったなー。乱取り稽古でそこまでせんでもというくらい投げられたな。みんなお昼ご飯よう食べんかったみたいやし、久保先生2つ食べてるし・・・。昼から練習試合できるんかいな。みんなへばってたらあかんでー。

 岩出対岬の勝ち残り戦はそこそこいけたな。柴崎、右田、服部、犬童、彰一、よーがんばったでー。特に右田はデビュー戦やったから緊張もしたやろーけど、勝ってうれしいもんやなぁ。名前は載ってないけど、他の岬の子も、また、岩出の子もよーがんばってたわ。絶対強くなるで。

 最後に礼をして練習を終えて、畳を元にもどしたね。あれも結構トレーニングになるんよ。ひっぴり腰やったら畳さげれんし、握力なかったらよう持ち上げんし、最後の最後までごくろーさーん。明日の練習みんな来れるかな?へとへとのくたくたで、半分来たらいいとこやでなぁ。明日も暑いやろなぁ。

男子の部員が高校で練習しているので、町の武道場で11時まで練習されていました。

岩出のいつもの練習は厳しいので、へたってる者はみかけませんでした。

ところが、岬の5年生は5人もダウンしてた。

5年男は溝だけやったで。

     
7月21日(日)快晴

泉州地区昇段審査会にて

 この日は自身13年ぶりの勝たなければいけない試合。なにしろ、中学生で試合に出て以来プレシャーのかかる場面はなかったもんな。昇段試合というこっちゃ、周りも結構気合が入ってるし。よくみわたすと、ほとんど現役高校生ではないかいな。練習量がちがうもんなあ。まあなんとかなるやろ。

 組み合わせ発表。おっ、ラッキー!ついてるわ。しかも1番やし。いっちょいったろかーと思い、いざはじまり。さすがに組みにくい、けど、あれれ?なんでこけてんの?おっつ!しかも首あいてんがな。まず1勝。

 おー神様。僕の次ぎの相手疲れさせてくれてありがとう。有段者は試合時間5分やって。まるまるしたら、しんどいでー。おっつ!隣の試合場で渕原さんしてるがな。うわー!体力が限界に近づいてるー!見届ける前に二試合目。うん、相手の動きがわるい。さっきの試合ひきずってるわ。こっちはさっき20秒ですんだもんね。あれれ?脇あいてるよ。2勝できました。

 なんか、とれそうやで。気合けっこう入ってるしな。声では負けへんで!いつも練習しているのは、声がメインやからな。うりゃゃゃゃゃぁ!そやそや、相手の持ち技は右の内股だけやったな。いっちょよけたろう。よけたら、こけた。こけたら、相手がでかくても動きはおそいもんねー。あれれれ。また首あいてんがな。締めたろか。おう!3つ勝ったで!

 うんうん。我ながらよくやったわ。渕原さんも上原も受かってよかった。磯打はおしかったな。日ごろの行いがラッキーを呼ぶんやで。やっぱり。対戦相手の高校生諸君、ありがとーなー。

4人1組で3勝したら昇段できます。

決り技:送り襟締め

渕原さんの相手は浪商高生

決り技:左の大腰

決り技:送り襟締め