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リストマーク自然薯掘り

 常々自然薯掘りの面白さを語る友人に一度連れて欲しいと頼んだところ「よし行こう!但し体力と根性が無ければ無理だよ」と遠慮なくピシャリと言われた。「体力気力とも充分につきその懸念ない」と応じた数ヶ月後の晩秋に「どうだ?明日行くか?では・・・の準備を!」と待望の連絡があった。翌朝彼はスコップ、釜に鋸など大小の道具一式を車に積み込み迎えに来てくれたが当方は彼から指示のなかった酒、ラ−メン、おにぎりにガスやコッフェルなど山登り道具をリュックに積み込みお互い笑いながら出発した。車中にて「今から行く山は知人の山だから安心して入ったらいいよ」と当方が安心するだろうと思って言ってくれたが恐らくそうではないのであろう。荒れ放題の雑木林を分け入ったが長年人が足を踏み入れたとは思えないような荒れ山で知人の山かどうか等の懸念など吹き飛んだ。

 彼の目は木々にまつわり付いている“つる”を凝視している。枯れた葉の色と形及びムカゴと呼ばれる実を探し当てその“つる”を慎重に手繰って“お宝”の芋が自生している場所を探すのである。それらしきものは間もなく見つかったがどうやら当方の為に前日より探してくれてあったようである。喜び勇んで掘ろうとするや「穴はちゃんとうめること!芋の先端は残して子孫を残してやること!」と二つの命が下ったがこれは自然薯堀りの不文律なのであろう。

 地表から出ている芋の先端を中心に四方八方大きく掘っていかねばならないが何せ足場は悪く大きな根っこもあれば岩や石もあるし周りは大小種々雑多な木々があるので思うようにスコップが動かない。土の中からちらっと見えるそれらしき物を傷付けるわけにはいかず慎重にして丁寧に。恐らく貴重な遺跡を発掘する時はこのぐらい気を払うのであろうと思いつつ悪戦苦闘の上スコップの柄ほどの深さまで掘り進んでようやく末端までたどり着いた。最後は道具を放し素手で“お宝”の周りをなぞって産婆さんが赤子を取り上げるように堀り上げるのである。この間汗びっしょりの1時間半。体力があっても根性が無くては無理だし根性があっても体力が無くてはこれ又無理ということを文字どうり実感した。

 自然薯は日本のいろんな所で自生している。旅行したりドライブしたりすると『麦トロ』とか『トロロめし』など看板を見かけることがあるが粘りが強く味は天下一品で山菜の王者と呼ばれている。最近ではそれを畑などで栽培して自然薯まがいなるものが出回っているが山で自生したものと比較はどだい無理というもの。ましてや大和芋、丹波芋・・・とは似て異でありス−パ−で売っている長イモなどと比較しては自然薯が可哀相というもの。山から下りてくる途中に彼曰く「金をどんなに積まれても堀りには行かないがこの苦労を分かっている人にはお裾分けするんだ!」泥まみれになったボロボロ姿のその友の顔は逞しくそして美しかった。



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