帯解寺(おびとけでら)
番外
寺名 帯解寺
山号 子安山
宗派 華厳宗
所在地 奈良県奈良市今市町734
安産・子授け祈願の寺
SPOT
山門 江戸初期 古材の組み方から楼門造りだったようだ。
長らく世継ぎに恵まれなかった文徳天皇后の染殿皇后(藤原明子)が当寺にて祈願をしたところ、惟仁親王(後の清和天皇)が生まれたことから、天安2年(858年)、文徳天皇の勅願により伽藍が建立され、勅命により帯解寺と名乗るようになったという。以来、安産・子授け祈願の寺として朝野を問わず篤い信仰を集めるようになった
江戸時代には、徳川三代将軍家光に世継ぎがなく、側室の御楽の方が当寺にて祈願したところ、竹千代丸(4代将軍・家綱)を安産した。寛文3年(1663年)にはその家綱より手水鉢の寄進があった。 また、徳川二代将軍秀忠の正室お江与の方(お江)がお世継ぎの安産祈願したことも有名。

20世紀以降も美智子皇后、雅子皇太子妃をはじめ、三笠宮、高円宮、秋篠宮などの皇族が当寺において安産祈願を行っている。


Snap shot
奈良の色んな寺を参拝してると何度か帯解寺の案内板を目にしたことがあります。先日NHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」で、この寺が紹介され行ってきました。
この寺は、古来より子宝を願う人々からあつい信仰を集めてきた。 夫・秀忠との間に多くの娘をもうけるも男子には恵まれなかった江は、寺に嫡男の誕生を祈願。その後、竹千代こと、のちの徳川家光が生まれます。喜んだ秀忠は、寺の再建を援助したと伝わります。
本堂 本堂
本堂 本堂の屋根
鐘楼 萩が一杯
稲荷社 水子地蔵
お札 波切不動
石造 一三重の塔 手水鉢
徳川四代将軍 家綱公 ご寄進
酔芙蓉 酔芙蓉
新御堂 平成20年完成 西壁面の釈迦誕生のレリーフ

kazu_sanの一言
ご朱印

本尊は地蔵菩薩像(重要文化財)である。

当日も子授けを祈願する人や、お礼参りの人が絶えないお寺である。


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