唐招提寺
第四番
寺名 唐招提寺
山号 なし
宗派 律宗総本山
所在地 奈良県奈良市五条町
鑑真の開基
SPOT
国宝 金堂
唐招提寺は唐僧・鑑真が天平宝字3年(759年)、新田部親王の旧宅跡を朝廷から譲り受け、寺としたものである。唐招提寺という寺号は、「唐僧鑑真和上のための寺」という意味合いである。
奈良時代建立の寺院金堂としては現存唯一のものである(新薬師寺の本堂も奈良時代の建築だが、元来は食堂として建てられたものである)
2000年から解体修理が行われ、2009年11月1日−3日に落慶行事が行われた。11/4から一般公開。
前回参拝時(2003.8.10)は工事中であった。
寄棟造、本瓦葺きで、大棟の左右に鴟尾(しび)を飾る。
西側の鴟尾は創建当初、東側は鎌倉時代の補作であったが、いずれの鴟尾も劣化が甚だしいため、今回、屋根上から下ろして新宝蔵に保管され、屋根上には新しい鴟尾が飾られている。
堂正面には8本の太い円柱が並び、この建物の見所である。
堂内には中央に本尊・廬舎那仏坐像(304.5cm)、向かって右に薬師如来立像(336.5cm)、左に千手観音立像(535.7cm)の3体の巨像(本当に大きい)を安置するほか、本尊の手前左右に梵天・帝釈天立像、須弥壇の四隅に四天王立像を安置する(仏像はいずれも国宝)


Snap shot
金堂 本尊 廬舎那仏坐像
光背は千仏と言われるが、現在は864体が残る。
金堂を側面から。柱の巨大さが実感出来ます。
南大門 南大門 勅額
 「唐招提寺」の四字を双鉤体(そうこうたい)に刻んだ扁額。孝謙天皇の直筆で、創建の時に下賜されたと伝えられる。材質はヒノキ。本物は講堂内にあった。
国宝 講堂

入母屋造、本瓦葺き。正面9間、側面4間。
平城宮の東朝集殿を移築・改造。奈良時代宮廷建築の唯一の遺構として極めて貴重である。
講堂 本尊弥勒如来坐像 283.3cm(重要文化財、鎌倉時代)

他に、持国天、増長天立像(重要文化財、奈良時代)を安置する。
国宝 鼓楼(舎利殿)
西側の対称的位置に建つ鐘楼に対し「鼓楼」と称するが、この建物には鑑真が唐から請来した仏舎利を安置している。
礼堂(らいどう)(重要文化財)
南北に細長い建物。鼓楼(舎利殿)に安置された仏舎利を礼拝するための堂
10月21日 - 23日のみ公開される。
礼堂(らいどう)
中央やや南寄りに馬道(めどう、土間の通路)がある。
礼堂(らいどう)の屋根瓦
境内撮影好ポイント
国宝 鼓楼の前。左に国宝講堂。右に礼堂がずっと続く。奥が旧開山堂。
国宝 金堂を、ここから見るのもなかなかいい。
鐘楼 経蔵(国宝) 奈良時代の校倉造倉庫
宝蔵(国宝) 奈良時代の校倉造倉庫 新宝蔵
収蔵庫。例年春と秋に期日を限って公開される。
公開されていました。「如来形立像」(重要文化財.平安時代)お顔も腕もなく仏像としての役割を終えているのだが、今尚美しい。
鑑真和上御廟への入り口
雰囲気のある土壁が続く
いい雰囲気です。
鑑真和上御廟 御影堂(重要文化財)
鑑真の肖像彫刻(国宝)を安置する(開山忌前後のの6月3日 - 7日のみ公開)
今日は、屋根の上だけが見える。
地蔵堂 - 重要文化財の木造地蔵菩薩立像を安置する。地蔵盆(8月23・24日)の期間のみ公開。 宝庫
クチナシの実 本坊
松尾芭蕉句碑
葉して 御目の雫 拭ぐはばや
旧開山堂
戒壇の入り口付近
手前に杜若、向こうに紅葉。う〜ん。
戒壇
戒壇は、出家者が正式の僧となるための受戒の儀式を行う場所。戒壇院の建物は江戸時代末期に焼失して以来再建されず、3段の石壇のみが残っている。

2003.8.10初参拝の時の写真
金堂 工事中の写真
右が講堂。正面は鼓楼(舎利殿)
蓮が咲いてました

絵葉書
蓮が咲いてました 瓊花(けいか)
休憩所で、冷たいお茶のサ−ビスがある。うれしいですね。お店の人に、「瓊花ていつ咲くのですか?」て聞いたら、「4月末から5月初め。絵はがきがあるよと持ってきてくれた。鑑真の故郷、中国揚州の名花。
日本には、ここと皇居にしかないと言われている。是非、その内に、本物を見たい。
西の京地酒処 きとら

買ったのは、梅乃宿の手搾り無濾過生原酒 。秋篠
米は備前雄町。いくつも地酒があったが、多分余所では手に入りにくいこれにした。
「秋篠」ブランドで、米を代えたり製造を代えた物が出ている。




朱印
2003.8.10の朱印 2009年の朱印

五木寛之の一言
鑑真和上座像を前にして..思う(毎年6月5.6日を含む一週間のみ公開)
鑑真が日本渡航の決断をしたとき、4万人の弟子が居たという、唐の宝ともいう人物であった。
誰も手を挙げないならば自分が行こう(当時56歳)
あらゆる苦難を克服した精神と意志の強さがにじみ出た、精神の重さが迫る像である。
kazu_sanの一言
薬師寺から唐招提寺まで歩いた。帰りは秋篠川沿いのサイクリング道を歩いた。
私には(笑)かなりの距離がある。途中歩き疲れて日陰に座ったら、近くでセミの鳴き声。
歩いた、ご褒美の写真。 2003.8.10
鑑真和上像(国宝)

今回残念ながら拝観出来なかった。
当時、大唐国揚州の高僧で、聖武天皇の招きに応じ、苦難の末754(天平勝宝6)年に渡来した。その間12年を要し、両目を失明するという苦難も乗り越え東大寺に到着。

この鑑真和上像に対面した芭蕉は
「若葉して御目の雫拭はばや」の句を詠んだ。
この句が記された句碑はここ。

芭蕉は、鑑真の見えない眼に、涙が出ているのを感じたのだろう。
あまりにも深く、悲しい涙なのか?
せめて若葉で拭って差し上げたいという句である。

天平の昔に思いを馳せることが出来る。いいお寺だ。


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