|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
事実上の最終日。
香港からここまでを振り返って、大した観光もしてないし、福臨門にも糖朝にもザ・ベランダにも行ってないことに気づいて愕然とする。出発前、ガイドブックを見て楽しみにしてたのに。
そこで、とにかく観光をしなくては、と焦って、とりあえずガイドブックに載っていた陳家祠に行くことに。しかし想像していた以上に素晴らしく、屋根の装飾にすっかり見とれてしまった。ここは本当にお勧めです。
次に、バスで一時間ほどの順徳という街に行くことにする。ここには李小龍(ブルース・リー)のお父さんの生家があって(李氏の籍貫らしい)、02年にブルース・リー記念館(李小龍紀念館)ができたそうで、是非行ってみたいと思っていたのです。
流花バスターミナルに着くと、一帯は大変な混乱ぶりで恐ろしいほど。
行き先によって乗り場がたくさんあって、それらはものすごく広い道路を隔ててあちこちに散在していて、しかしその道路を渡る横断歩道などどこにも見当たらなくて、そもそも歩道に柵が立てられていて車道を無理矢理渡ることもできなくて、ものすごい遠回りをして陸橋を渡ろうとすると、なんと工事中で橋が途中で終わっているというような。
そんな中を、大きな荷物を抱えた人々がひしめき合っている。華南の交通の要であると同時に、どうやらこのあたりは衣料品の卸売業者が多いみたい。
途中、郵便局のマークが見えたので、ハガキを出そうと思って近づくと、そこは納屋?馬小屋?のような恐ろしく粗末な汚い小屋で、ものすごく大きな秤がひとつ、ぽつんと置いてあって、思わず「えっ!ここは郵便局ですか?」と聞くと、局員(でも制服は着ていなかったと思う)のおっちゃんたちに「ダメダメここは小包だけ。手紙は向こうの局」と言われ、でもその指差した方が、これまた渡る手段の無い道の向こうなわけなのね。一体、どうすりゃいいの?
周囲の人々を観察すると、しかしみんな、ほんの少しの柵の切れ目を見つけて、道路をジリジリと渡っている。一車線ずつ、車の流れを見極めながら。やっぱりこれが基本ってことか。
ハガキも投函したし、命がけで道路をいくつも渡りながら、ようやく順徳へのバス乗り場にたどりつく。
本当に、何をするにも手間暇がかかる。大都会で、すごいスピード感があるんだけど、街の機能がそれに追いついてないっていうか。早くから発展していたために、今となっては中途半端に老朽化していて始末が悪い。むしろ正真正銘のド田舎の方が気が楽かも。
バスは空席が多いまま出発。車内にはクーラーが効いていて、寒くてたまらない。中国に限らないけど、南方人って、なんでこんななの?
途中、道沿いにミカン畑がひろがっている。信号待ちのとき、隣に寝台バスが停まって、中に人がぎっしりと横たわっているのが見えてゾッとした。あれ、実際に乗ってみると意外と快適だったんだけど、外から見るとあんな悲壮な姿なのか。
そういえば広州の信号機は、青→黄色、そして赤→青に変わるときに「あと○秒」という表示がでる。これはスゴイ。大阪の歩行者用信号も、赤→青のときに秒読みするものがあって、これが大阪人のイラチ気質を表すものとして他の地方の人には驚きならしいのだが、広州はその比じゃないってことだ。しかし、信号が黄色に変わった瞬間アクセルをぐっと踏み込んでしまう私としては、余計アブナイような気も。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
順徳市に近づくと、道路沿いに自動車ディーラーがずらりと並んでいる。本田、豊田、現代…さすが広東省。
乗客がひとりひとり運転手と交渉して、都合の良いところで降ろしてもらっている。が、私は右も左もわからないので、とにかく終点の順徳バスターミナルへ。
タクシー乗り場があったので、「李小龍記念館に行きたいのですが」と言ってみる。運転手は「ああ、記念館ね」と快諾。やはりこのあたりの名所なのか。
ほどなくして、なんだか商店街っぽい中にある、一軒のお店の前に到着。ここらしい。
中に入ると、いきなり李小龍の胸像が。その奥にテーブルセットがあって、小姐に「お茶を飲むの?それとも参観?」と聞かれる。茶芸館もやってるみたい。
しばらく参観。そんなに広くない一室に、遺品(衣服や鍛錬用具など)をはじめ、李に関する書籍や映画のポスターや雑誌の切り抜きなどがぎっしり。
李がプリントされたTシャツがあったので眺めていると、小姐がすかさず背後にやってきて「要不要?」と言う。なかなかポップな柄で、欲しい気もしたのだが、メンズのMしか無かったので断念。しかし小姐があまりにもしつこいので、記念にヌンチャクを持った李の小さな置物を買う(実はカナ〜リ気に入ったとも言う)。
「順徳市観光案内」みたいな小冊子をくれたので見てみると、この記念館とは別に「李小龍祖居」というのも紹介されている。
小姐に聞くと、「あぁそんなの大したことないわよ。李のおじいちゃんが住んでた古〜い家があるだけ。李小龍本人は行ったこともないようなところなんだから」とケンモホロロ。「ここから遠い?どうやって行くの?」と聞いても「行く必要無いってば」と冷たくあしらわれてしまう。う〜ん。
とりあえずタクシーを停めて小冊子を見せ、この李小龍祖居は遠いですか?と聞いてみる。運転手は「へ?」という感じで色んなところに電話して聞く。
が、「ごめん、誰も李小龍祖居を知らないし、そもそもオレはこの均安鎮上村がどこなのかがわからないよ」と言う。えっ、そんなマイナーなところなの?
仕方ないので、清暉園というところに行ってもらうことにする。冊子によると広東四大名園のひとつらしい。実は庭園好きの私。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
庭園はなかなか良かったです。自分以外、人がいなくてちょっとコワかったけど。
そして、せっかくここまで来たのに、これ見てこのまま広州に帰るっていうのもなぁ、と考えをめぐらせる。
皆の反応を見るかぎり、李小龍祖居がショボイところであることは間違い無いと思う。でもこのまま帰るのは、何かパンチに欠ける感じ。だって私は多分、もう二度と順徳に来ることは無いと思うから。
庭園を出て再度タクシーを停め、もう一度、祖居について聞いてみる。すると今度の運転手は「知ってるよ〜、参観はしたことないけど。すっごい遠い、片道一時間はかかると思う」と即答。なんだ、一時間なら行ってみよう。
私は中国でタクシーに乗るのが大好きだ。値段が安いから長距離でも気軽に乗れるっていうのもあるし、何より、静かな密室で普通の中国人とふたりっきりで膝を突き合わせて話ができるから。
おまけに相手は連日さまざまな人々と世間話を繰り広げている市井の口コミの大元締めとも言える人物で、私は行きずりの外国人旅行者。匿名で何でも言えちゃう&聞けちゃうわけだ。
この運転手はかなり若くて(たぶん私よりずっと下)、外国人を乗せたのは初めてらしく、「今日はツイてるなぁ、オレ」と言い、そして「いやぁ、日本人の女の子ってキレイだなぁ」と言ったので少し怯えてしまった。…浮かれすぎだよ、キミ。
「一人で旅行なんて勇気があるなぁ、オレにはとてもできないよ」と言うので、「中国は治安が良くて、みんな親切だから。欧米なんかだったら、とてもひとりじゃ行けません」と言ってみる。さらに「お父さんお母さんは反対しなかった?」と言うので、「中国は治安が良いから許してくれた。欧米だったら反対されるに違いない」と力説。これだけ「中国は治安が良いから」を強調しておけば、彼も魔が差して強盗や狼に変身なんてことは無かろう、中国人の面子にかけても。すると彼は「そうだよな、アメリカじゃあ銃を持ってたりするもんな」と非常に公平で客観的な考えを述べたので、この人は悪人ではない、と思った。
田舎道をひたすら進む。ちょっとしたドライブ気分。日本のことや広東省のこと、お互いの身の上話、そしてなぜか魯迅の話などをして、私はここでも、勢いに乗って有ること無いことを喋ってしまい、大いに盛り上がる。
彼が「中国と日本で、一番違うところはどこだろう?」と言うので、「そりゃあ、中国は前途があるけど、日本はもう終わってるってことじゃないの」と思わず言ってしまった。中国の未来が明るいかどうか、実は私は知らないけど。しかし彼は「そんなことないよー!日本はお金持ちで先進国じゃないか!」と言ったので、お互い様ってことか。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
民家が建ち並ぶ集落に到達。道路沿いの少し奥まったところに廟があって、その手前の壁に「李小龍祖居」と看板が出ていた。看板には「入場券は均安生態楽園の窓口にて販売」と書いてある。そういえば、ここに着く少し手前に、そういう施設があった。
このへんの住民らしき人が通りかかったので、運転手が声をかけた。が、その人は「看板がここにあるのは知ってたけど、李小龍祖居とやらがどこにあるのかは知らない」と言う。知名度は低い?
李小龍は郷土の誇りではないのか?
とにかく、廟の前に車を停めて生態楽園(自然環境保護公園、ってとこか?)まで歩いて行くことにする。
運転手が車を離れるとき、ダッシュボードを開けて、乱雑に入っていた5元や10元といった小額紙幣(今日の売り上げ?)をかき集めてガサッと上着のポケットに押し込んだのがワイルドだった。
窓口に行って祖居のことを尋ねると、入場券はひとり10元だが、なんと!10人ひと組でないと参観できないと言う。ガイドが付くので、ひとりやふたりの客ではやってられないということらしい。
運転手とふたりがかりで粘ったが、「どうしても参観したいのなら、チケットを10人分買えば?」と言われてしまう。「あっ、広東人ってこういう人たちなのか」と思った。
くっそー!! カチンと来た私は、なにさ、たかが100元くらい払ってやるわよ、一体何時間かけてここまで来たと思ってんのよ、とタンカを切ってしまった。
運転手は、じゃあせめて自分の分だけでも…と上着のポケットに手を入れたが、勢いでそれまで押しとどめてしまう。すみません、今後、李小龍迷の方がここを訪れて、いきなり100元を請求されたら、それは私の責任です、申し訳ない。
「領収書いる?」と言うので、腹立ち紛れに、もちろん切ってもらう。渡された領収書を見ると、「貨物名称」の欄が「李小龍」になっていて、一気に怒りのテンションが下がる。なんだかなぁ、こういうところが憎めないんだよねぇ、中国人。
しばらく待っているとガイドのお姉さんがやって来て、一緒に祖居まで戻る。
運転手が「大良からボクの車で来たんです」と話すと、お姉さんが私に「どこから来たの?」と聞いたので「日本から」と言うと、ものすごく驚いて、「えっ!!
でも日本人じゃないんでしょ!?」とのたまう。
「北京語で話すから外地人だろうな、とは思ったけど…まさか日本人とは!」。運転手も一緒になって「スゴイだろ?可笑しいよなぁ」とか言って笑っている。日本から李小龍迷が大勢来て賑わってるようなのを想像していたんだけど…迷のみなさんは香港に行くもんなんでしょうか、やっぱり。
「ってことは、あなたよほど李小龍が好きなのね」とお姉さんが感心した様子で言う。ええ大好きですよ、李小龍、BRUCE LEE、ブルース・リーという記号、商標、イメージ、キャラクターが。実は映画は一本も観たことないんですけどね。(…なんてことは口に出しては言えないけど)
祖居は路地の入り組んだ中にあって、この一角の住所は「小龍巷○号」となっていた。祖居は小龍巷12号。
お姉さんが鍵で扉を開ける。どうやら長らく参観者は来ていない様子。
入ってすぐ右手にかまどがあって、広東鍋が置いてある。奥は居間で、突き当たりには祭壇のようなものが。左手にもう一部屋、寝室があって、壁際に天蓋付きの粗末な寝台。この二間が李家のすべて。そして二つの部屋の壁には、李小龍の写真や映画のポスターが貼られている。それらを見ながら、この家で生まれたお父さんのこと、李小龍の生い立ちやアメリカに渡ることになった経過などを解説してくれる。
李小龍は中国人、いや東洋の誇りなんだそうだ。武術を通じて全世界に東洋人というものを知らしめたという点で。李の映画をまともに観たことがない私でも、それはなんとなくわかる。東洋人が正義の味方であるハリウッド映画など、李以外にはありえないから。
参観を終えて、車に戻ることにする。途中、集会所のようなものがあって、大勢の老人たちが一斉に麻雀をしていた。
生態楽園まで、お姉さんも一緒に車に乗って行くことにする。車に乗るとき、お姉さんが件の廟を指して「そうそう、これも見なきゃ、これ李一族の祖廟よ」と言う。これを今は誰が守ってるんだろうか?
お姉さんが車を降りるとき、生態楽園も見ていってよ、と言ったが断った。そして大良に戻る。
田舎道を走りながら、運転手は「他にどこか行きたいところは無い?このまま一緒にどこか行こうよ」と言う。なんだかヴェンダースの映画みたいだな、と思った。メーターの料金さえ上がらなければ(笑)。
しかし都会のアリスのようなパリ、テキサスのような夢の涯てまでものような荒野の中の交通量のほとんど無い一本道の脇にまでADSLの巨大な広告看板がどど〜んと立てられていたりして、現実に引き戻される。もう広州に帰らなきゃ。私は明日の早朝の便で日本に帰るので、それまでにまだまだ広州で用事があるのです。
バス停に着くと、広州往きのバスが正に出発するところだった。切符を買うとき「広州のどこまで?」と聞かれたが、どこに行けばよいかわからないので、やっぱり終点の流花ターミナルまで行くことに。
帰りは、バスに乗った瞬間寝てしまった。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
流花バスターミナルに到着。思わぬ散財をして手持ちの現金がやや不安だったので、銀行を探そうかと思う。
しかし、どこも人が多くて大混雑だし道路を渡るのは億劫だし、なんだか思うように身動きがとれない。「そういや銀行って何時までやってるんだっけ?」と焦る。
銀行といえば駅前か?と思い、広州駅に行って、あまりの人の多さに驚いた。これがかの有名な広州駅前広場!? とにかくスゴイ。
貧しい農村を捨てて、とりあえず都会に出てきたものの、行き場の無い人々の群れ。もしも自分が中国に生まれていたら、この広州駅前を経て勝ち残っていくなんて、とてもじゃないが不可能だと思った。
駅周辺には銀行は見当たらず(というか、あの広さ、混雑ぶりでは、私の視力は役に立たず)、まあなんとかなるか、と思って地下鉄に降りると建設銀行のATMを発見。「PLUS」や「VISA」のステッカーは貼ってなかったけど、ダメモトで三井住友銀行のキャッシュカードを入れてみると、引き出せました。なーんだ。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
夕食はガイドブックを見て、陶陶居に行く。ここって大阪ヒルトンに入っている、あのお店の本店?
が、すんごい仰々しい店構えで気後れする。
白いテーブルクロス、黄色いナプキンの席に通され、ひとりでぽつんと座り、メニューを見て途方にくれていると、まずはお茶を聞かれたので、とりあえずプーアル茶を頼む。そうして正直に「私はひとりでこんなところへ来て、一体何を頼めば良いんでしょうか?」と相談してみる。すると小姐は「じゃあスープと、麺か何かにすれば?」と言い、メニューを前から順に説明してくれた。「これらの麺の中で、広東名物ってどれ?」と聞くと「炒麺」ということだったので、それとフカヒレスープを頼むことにする。
この炒麺はさすがに非常に美味しかったです。いわゆる「かた焼きそば」っていうやつ。しかし麺とスープのみって…決して安くないのに、値段のわりには貧相な食卓。ひとりなので、食べても食べても減らないし。
食後、そのへんを歩いてみる。CD店を虱潰しに入ってVCDなど買う。やむを得ず、真正ニーハオ厠所にも行く。ここまで正統なのは久しぶりで、ちょっと感動。
譚木匠という素敵な櫛専門店を発見。ツゲやべっ甲など色んな素材の櫛がお店の壁一面に掛かっている。散々悩んだ挙句、お花の絵が入ったキュートで小ぶりのを購入。このとき貰ったカレンダーが、これまた可愛らしかった。 →重慶譚木匠工芸品有限公司
広州一の繁華街と言われる北京路を散策。店内CDすべて10元均一という怪しいCD店で、汪峰の新譜…ではなく『愛是一顆幸福的子弾』というタイトルのベスト盤を装った、装幀もものすごく良くできている見事な盗盤を発見。新曲は前半だけで、後は鮑家街43号の1stから3rdまでの曲が入っている。っつーか、ネットで見る限り、新譜販促イベントをあれだけ盛大にやっていたのに、全然ちゃんと流通してないやん。メジャーと契約した意味無いぞ汪峰。
あと、これまでなんとなく聴きそびれていたようなやつとかを色々買う。10元だし。
その後、スーパーマーケットへ行って、日本へのお土産など買う。
さらに私はなんとしてでも買わねばならないものがあった。それは徳芙の黒巧克力(Doveという米国合弁メーカーのブラックチョコレート)。
チョコ好きの私は留学時代からこれをこよなく愛しており、去年北京に行った際も、お徳用サイズの詰め合わせセットを購入したのだが、泊まっていた寮の部屋の暖房がきつかった為、最後の荷造りまで食料品は廊下に出していたところ、その中からなんとこのチョコだけが帰国前日の夜ごっそりと盗まれるという事件に見舞われたのだった。いや、犯人の気持ちもわからないではないけど。それくらい美味しいから、このチョコ。日本にも是非これを輸入してほしい。
というわけで、やはりお徳用パックを購入。一年越しの達成感。
夜もふけ、最後に、品揃えが良いと評判のCD屋へ閉店直前に駆け込む。その名も「音楽無限」…って、これはもしかしてHMVのパチもん?
でも確かに品揃えは良いと思った。許巍とか痩人とか無聊軍隊のライブとか、その他色々購入。でもやっぱり汪峰の新譜は無し。でもなぜか鮑家街43号の1stのCDがあった。台湾でCD化されたやつも持ってるんだけど、これも思わず購入。私は鮑家街マニアかい。
さすがに旅の終わりともなると、レジの子が金額を広東語で言ったのも聞き取れるようになっていた。
そして自分が話す北京語も…なんか南方訛り気味かも。語尾を儿化しないように気を付けてはいたけど、いつの間にか巻舌音も怪しくなっているような。
これですべて終了。もう思い残すことはないです。タクシーでホテルへ帰って、ベットの上に全部の荷物を広げてみると、CDが山となったので、なんか笑う。深夜まで荷造りに奮闘する。
|
|
|
|
|
|
|