今日は香港を立つ。
朝起きて、いつも通りお粥を食べに行って、そうして最後にもう一度、バスで尖沙咀まで行ってスターフェリーで単純に往復し、プロムナードを歩いてみた。

前回香港に来たときも、帰国の日の朝、最後にこの風景を見に来たものだった。 でも、あのとき私は、香港にすごくイヤな印象しか持たなかった。
滞在中は、香港のスピード感や雑多ぶりがそれなりに楽しかったけど、帰るときには、自分は所詮カネを落としていくだけの他所者で、結局受け入れてもらえなかった、むしろ拒絶された、という嫌悪感が残った。こんなのは、他のどの国でも感じたことがない。後にも先にも、このときの香港でしか味わったことがなかった。
が、その後私は、思いがけない行動に出た。何もあんなことをする必要は無かったんじゃないかと、今も時々思う。だって大多数の人は皆、わざわざそんなことをするまでもなく香港を真っ当に楽しんでるじゃないか。はっきり言って、あのときあんなことをしなければ、今頃違う人生を歩んでいたんじゃないかと思う。あれは確かに分岐点だったんだと思う。
そのとき私が起こした行動とは。それは「中国語を勉強する」ことだった。単純に、言葉がわかれば、もう少し受け入れてもらえるんじゃないかと思ったからだった。まあ、あんなヤなところ、二度と行かないだろうけど。
まずは広東語を勉強した。が、すぐ挫折して、もう少し簡単そうで、使用範囲も広そうな北京語に転向した。ここまでなら良かったが、会社を辞めて留学までしてしまった。
留学生という立場で滞在した北京は、非常に寛容な街のように思えた。人々に余裕と貫禄と矜持があった。私ははっきりと、「ここは自分の肌に合う」と思った。そして香港のことを忘れてしまい、北京で香港返還の日を迎えたときには、北京市民に同調して勝ち誇ったような気分にさえなった。
だけど最近になって、「もしかして、今もう一度香港に行ったら、また違った感じがするかも?」という考えが浮かんだ。
結果は…どうだろう? たしかに、前回と全く逆の角度から香港に挑んだことは間違いないけど。

 


オクトパスカードは払い戻してしまったので、バスに乗る際コインを用意しなくてはいけなくて、ちょっと焦った。宿の近くで蛋撻(卵タルト)を買う。これから小旅行だし。
宿を出るとき、デポジットを人民元で返してもらう。老板が仕事の手を止めて見送ってくれた。
荷物が多い。これでちゃんと広州にたどりつけるんだろうか。
が、必死の形相でなんとか駅まで行って電車に乗ってしまうと、あっという間に羅湖に到着。
イミグレで、香港人の列がものすごく長くトグロを巻いているのに驚く。外国人の列はそこそこで、流れもスムーズ。陸路の越境は時間がかかると色んな人から散々脅されていたのだが、結局、行きも帰りも大したことはなかった。

が、思わぬところに落とし穴が。
中国に入国したところにある銀行で両替しようとして、やたら時間がかかってキレそうになる。私以外はほとんどが普通預金からの現金引き出し客で、しかし窓口はひとつしか開いてなくて、信じられないくらいノロい。
線をちょっと越えて来ただけでこの有様。あ〜中国だよ、という実感がわく。

ビルを出た瞬間、切符のブローカーが「どこまで行くんだ?何人?」と言いながら付きまとってきて、中国に来た実感がさらに高まる。ウザイ〜!! そりゃあアンタもそれが仕事だから仕方ないけど、とにかく近すぎるのよ距離が、そんなに密着しないでよ、と、またキレそうになる。香港では大陸から来た人にあれだけシンパシーを感じていたのに、ゲンキンなものだ。
深センでもちょっとプラプラしてみようかと思い、そのために鉄道を利用したのだけど、なんだかウンザリして、もう早く列車に乗ってしまいたい気持ちになる。結局、深センは行きも帰りも素通りしただけ。

 


駅で広州行きの切符を買うべく電光掲示板の時刻表を見ていて、ふと北京往きの寝台列車を見つけ、それに乗ってしまいたい衝動にかられる。「北京」という文字を見るだけでなんだかワクワクする。ましてここからなら汽車一本で行けるとなると。
そういえば、日本でもいくつか紹介されている中国の女性流行作家が書いた小説では必ず、上海出身の恐ろしく風紀の乱れた女が判で押したようにふらりと北京に遊びに行く場面があって、私は「北京」という活字が出てくる度にワクワクするのだが、そこに書かれている北京は私が考える以上にステレオタイプで、なんとなくがっかりさせられるのだった。結局、北京って何だ?

待合室に座って、香港で買った卵タルトを食べる。すると隣に、1歳くらいの子供を抱いたおばちゃん(おばあちゃん?)が座って、じっとこちらを見ている。そしておもむろに、「あんた、そのパンをこの子にやってくれない? その袋にもうひとつ入ってないの?」と言った。ちょっと驚き。
実は袋にはもうひとつ入っていたのだが、「無いです」と言ってしまった。だってぇー、これはそんじょそこらのパンじゃなくて、香港で買った卵タルトなんだからね(笑)。中国で買ったパンだったらいくらでもあげたんだけど。そこで、自分が食べていたやつを半分、子供にあげた。子供がそれを食べ終わると、おばちゃんは「もう無いんだってー」と言い聞かせながら立ち去った。
あれは…人の集まるところに来て子供をダシに何かを貰うという商売(?)なんだよねぇ?でも、ヘンに哀れを誘ったりしないで、単刀直入に「くれ」と言うところが新鮮。
その後もおばちゃんは待合室内を歩き回り、色んな人の隣に座ったりしていて、最後に私が見たとき、子供は自分の顔くらいの大きさの真っ白なパンを抱えていた。お見事。

広州往き列車は割と空いていて、途中、東莞駅でほとんどの人が降りてしまう。
昨今の「魅惑の中国経済」みたいな番組や特集記事なんかには必ずといっていいほど登場する東莞。車窓から見ると、「○○電子」というような巨大な工場と異常に広くて真っ直ぐな新しい道路だけが果てしなく続いている街だった。

 


広州東駅に到着。またもや宿紹介ブースのお世話になる。
今度は最初の宿よりも少し良い所に泊まろうと思い、希望金額を1.5倍くらいにするつもりだったのだが、ブースのお兄ちゃんがいきなり「ここがオススメ!部屋は豪華だし、地下鉄の駅にも近いし」とパンフレットを差し出したホテルは結局、一日目のところと同じ値段。地図を見せてもらうと、たしかに立地も良いみたいだったので、ここに決定。

空港の宿紹介と同じく送迎付きだと言うので、また車かと思いきや、なんと店の女の子(15歳)が地下鉄で連れていってくれると言う。女の子はお兄ちゃんから地下鉄代として50元札を預かって、私の荷物を逞しく持った。いくら自分で持つからと言っても聞かないので、仕方なく二人で一緒に持つことに。

地下鉄の駅に着くと、彼女が切符を買ってきてくれた。なんか、ヘンなの。黒いプラスチックのコインみたいなの。改札のシステムは香港や台北やソウルなんかと同じなのだが、この切符のセンスが独創的でいかにも大陸。
しかしまあ、北京の地下鉄の「窓口でペラペラの紙の切符を購入→ホームの手前に座ってるおばちゃんに渡す」という、たった5、6秒の命である切符が私にとっては「中国七不思議」のうちのひとつだったのだが、それに比べて広州はやっぱり先進的。(ちなみに北京地下鉄は2004年までに自動改札導入予定)

ホテルに着くと、フロントは素通りして私が泊まる階の服務員の部屋(客室のうちのひとつ)に通される。
これは、宿紹介業者が色んなホテルからワンフロアずつ借りて、独自に宿経営をしているような形態になっているんだろうか? とにかく、この業者を通すと正規料金よりかなり安くなるのだ。

服務員と宿紹介の女の子は仲良しみたいで、私にもフレンドリーな様子で「座って座ってー」とベットを薦める。
中国人の家(というより雇用先から支給されている宿舎や学校の寮など)に行くと、その人が毎晩寝ているベットに座るはめになることがまだまだよくあるのだが(なぜなら家具がベットしか無いから)、今回のように見知らぬ人のベットに座るというのは、あまり気分の良いものではない。まぁ部屋の椅子は、私が宿泊する事務手続きをするために、その服務員が使っているわけなんだが。
しばらく躊躇していたが、とにかく座らないことにはその場が収まらないほど激しく薦めるのが中国人。事務手続きを迅速にということよりも、まぁ座ってお茶でも飲んで軽く雑談することを重んじる人々。上海では今まさに世界初のリニア鉄道が開通しようとしてる一方で、こんなのもまだまだ健在?
服務員が私を部屋に案内する。 部屋はなかなか良い感じ。今回の旅の中ではベスト。と言っても、結局どこもすべて同じ料金だったんだけど。
服務員が電話の横のメモ用紙に自分の部屋番号を書いてくれる。何か困ったことがあったら私に言ってね。王小姐って言えばわかるから。
結局私は、マニュアル通りの一糸乱れぬサービスよりも、こういう対応(良くも悪くも「お客様は神様ではなく、あなたも私もただの人」)を受ける方が安心感があって、価値があると感じるのだった。

 


とりあえずホテル周辺の繁華街ぽいところを歩いてみる。夕飯のお買い物の主婦で賑わっている市場など。
郵便局があったので、年賀カードを送る。
切手を買って、それを封筒に貼ろうと作業台に行くと、ホーローの洗面器のミニサイズのやつ(すごくカワイイ!!)に、舌切り雀が食べてしまったような糊がタプンタプンに入っていて、それをコテコテになった刷毛で塗る仕組みになっていて、絶句してしまう。うう、シビレちゃう、このセンス。彼らは何も意識してないんだろうけど。

 


繁華街を抜けると、その先は洋館が立ち並ぶ住宅街だった。なんだか南方っぽくて、エキゾチック。
新華書店で広州市全域地図を買って見てみると、もう少し先に「王府井」というところがあって興味をそそられたので行ってみることにする。これはやっぱり、北京のあの王府井を意識したネーミングなんだろうか?
途中、天一良品という、なんだかお洒落なお店を発見(広州発の人気ブランドらしい)。シンプルなモノトーンの服に、さりげなく中華っぽいモチーフの刺繍なんかが入っている感じ。思わずトートバッグを衝動買い。

広州の王府井はなんだか垢抜けてなくて、地方の商店街って感じ。はっ!これって日本で言う「○○銀座」ってやつ!?
王府井百貨大楼の中にも中華モチーフが可愛い服屋さんが何軒も入っていた。綿素材に中綿ボンディングして、裾の方に牡丹が一輪刺繍されているAラインスカートとか。チャイナというよりは、ちょっとモンゴルっぽい雰囲気かも。旗袍を洋服風にアレンジしたものは高齢の女性向として以前からあったが、こういう若い子でも着られるような普通のものがなかなか無かった。なにか一着欲しくていろいろ試着したけど、どうもサイズが合わなくて断念。すごく悔しい。

CD店にも色々行く。が、やはり主流は香港〜台湾ポップスで、品揃えは香港と変わらない。黄貫中やLMFや、軟硬天師までもが揃ってたりしてちょっと驚く。ロックなどは皆無に等しく、かろうじて竇唯、零点楽隊がそこそこ置いてあるという感じ。

書店でも書籍をいくつか。
『中西方女装造型比較』中国と西洋の民族衣装〜現代の女性服を比較した本。清朝から20〜30年代の旗袍の写真がたくさん載っていて良い。
『神奇的日本』日本の地理、歴史、文化、風習などを紹介した本。今年は一応、通訳案内業試験に挑戦するつもりなので、二次の面接対策として購入。たぶん一次で落ちると思うけど。そして買うだけで安心してしまって、どうせ読まないと思うけど。

やはり中国の書店やCD屋は楽しい。閉店時間まで粘って、今日は終了。
ホテルまでの帰り道、「あっそういえば小売部が無い。一体、飲み水なんかはどこで買えばいいの!?」と焦ったが、よく見るとあちこちにセブンイレブンがあったのが衝撃的だった。私こそが田舎者ってことか。